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【連載小説】音響譜詩のエトランジェル〜破砕の天使〜

【連載小説】音響譜詩のエトランジェル〜破砕の天使〜



『デビュー前の“作家の卵”の方々の作品を先取りして、日々の読書を楽しもう』

をコンセプトに、様々なジャンルの小説の冒頭5話を掲載しています!

面白い作品や気に入った作家を見つけて、作家デビューまで応援しよう!

本ページの最後に作家様のリンクを設けてあるので、足を運んでみてください。


連載小説の第1弾は...

『音響譜詩のエトランジェル〜破砕の天使〜』 五十刈真子

感想やこの小説の続きはページ下のリンクよりお進みください。


≪目次≫

第1話|旅立ち

第2話|序章 過去の幸福、現在のーー。

第3話|第一章 彼にとっても日常の終わり①朝練習は睡魔と攻防戦

第4話|第一章 彼にとっても日常の終わり②HR前の転校直前祭り

第5話|第一章 彼にとっても日常の終わり③転校生 イアラ・ヴァルスヘルムシュタイン

◇お願い◇



旅立ち


――想像を超えた世界からの逃避。


この世界に二度と戻ってくる事はないだろう。

私はこの世界に愛されなかったのだから。


先に飛び立っていくどこへ行くのか知らない飛行機を見上げた金髪碧眼の少女、イアラ・ヴァルスヘルムシュタインはそんな事を思い、飛行機までの送迎用のバスを降りる。

これから行く世界で私はずっと生きていき、何事もなく日常を過ごしてその生涯を終えるのだろうと、イアラは手招きしている陳腐な将来を思い浮かべる。


その世界には条理を超えて不条理を覆し、不可能を可能にしてしまう魔法も無いし、ましてや奇跡などは絶対に起こらない。そういう希望的観測は無駄でしかない。

思い出してみれば、今いるこの世界で過ごした日々はとても長かったように感じるわ。


それもこれから行く世界で過ごす時間を考えれば、とても短いものになるのだろう。

イアラはそう考えて滑走路に立ち、道の先に見える陽炎を憎たらし気に見つめる。


世界はとても残酷な形できていて、それを守るものにも至極当然のように残酷なシステムが構築されている。それに抗う事は決して人に許された領域ではない。


残酷な形というのは彼女側の立場から見た時だけの話しであり、普通に暮らしている人々からしてみれば、実をするとそれはとても優しい世界なのかもしれない。

しかし彼女は世界がそんなふうに優しく見える視点には立っていない。

何よりつい先日、少しだが垣間見えた奇跡――彼女たちからしてみれば希望の欠片ともいえるものですら、彼女を運ぶ世界の流れには太刀打ちできなかったのだから。

そして、それこそがいま彼女がここにいる理由であり、これから旅立つ理由である。


この世界には未練も、後悔も、思い出もない。

だから、見送りもいらない。


彼女は一度だけ飛行場の外を振り返り、誰もいないことを確認して。

飛行機に乗り込んだ。




序章 過去の幸福、現在のーー。


本馬一登《ほんまかずと》は子供の頃、家族で何度かピクニックに行った事がある。


そこは家から自転車で十分程の割と近くにある、人口十八万人にしては土地面積が小規模な市の、またそれに不釣り合いな程には大きい公園に来ていた。

その公園は休日になると休暇を楽しむ家族連れや、元気な小中学生がこぞって多く押し寄せ、そこではそれぞれのグループが僅かながらも貴重な時間を過ごしていた。

公園内には遊具や専門のスポーツ施設の他にも小規模の動物園があり、好奇心旺盛な子供たちが動物図鑑を片手に、親の手を引っ張っている姿がよく見られていた。

その小規模な動物園を人気たらしめているのには理由がある。

そこでは休日や祝日には毎日イベントが行われ、そのイベントでは数十羽のうさぎを時間限定でうさぎ小屋から一般人も入れる小さい柵に開放し、うさぎに触れ合う事ができた。

本馬もうさぎには興味があったのだが、自分とは違う生物のうさぎと接触すること、言うなれば未知との遭遇に恐怖を感じていた為にいつも遠くから、楽しそうに満面の笑みを浮かべて小さなうさぎと触れ合う同年代の子供たちを羨ましそうに眺めていた。

そんなよく晴れたある日のピクニックの午後三時頃。

本馬は飲み物を買いに行った父と母を待つ間、テントの外にある簡易テーブルへ今日のピクニックで一番楽しみにしていた、おやつのプリンを準備しようとしていた。

プリンを保冷バッグから取り出して蓋を開け、先に準備していた紙皿の上にプリンをひっくり返して載せると、スプーンを忘れた事に気づいてテントの中へと戻る。

テントの中で本馬が大きなリュックサックからスプーンを取り出している最中、外からガサガサと物音がしたので父と母がジュースを買い戻ってきたのだろうと思い。

本馬は外に居るはずの父と母に『オレンジジュースあったー?』と声を掛けながら、甘くて冷たいジュースにワクワクし小走りでテントから出たところで、本馬の足は止まる。

外にいたのは父と母ではなく。そもそも人ではなく、うさぎだった。

その時ちょうど小規模な動物園でイベントが行われていて、小さな柵を飛び越えたうさぎがここまで逃げ出してきたのだが、本馬にはそんな事を考えている余裕は無かった。

それは今まで遠くから見ことだけしかできなかった、あの雪のように白くて小さな体につぶらな瞳が可愛い、未知の生物うさぎさんが目と鼻の先にいるからではない。


ちょこんとテーブルの上に座った未知の生物うさぎさんが、本馬の楽しみにしていた紙皿の上に載せられたおやつのプリンであったものを口の周りに付けていたからだ。


本馬はどうしたらいいのか分からず、その場で茫然と立ち尽くしていた。

するとうさぎは、けぷ。とゲップをして何処かへと走り去ってしまった。

少しして三人分のジュースを買った父と母が戻ってくると、本馬は泣きながら訴え。

『おやつのプリンがね……忘れてね……スプーンね……取ってきてね、えっぐ、うさぎさん、ひっく、がゲップしてね……プリンがね、うぇ、お母さんがね……うさぎさんが、プリンでね、うわぁぁんママ――!!!』

もうお母さんとうさぎさんがプリンになってしまい、訳の分からない事になってしまっていたが、それでも母は本馬の様子と簡易テーブルの上で散乱しているプリンの破片を見て全てを理解し、父が優しく見守る中で何も言わずに泣きじゃくる我が子を抱き締めた。

そうして数分後、母の腕から離れて泣き止んだ本馬を見た父が、洗面所に行って顔を洗ってこいと言い、本馬は近くの水道に目を腫らしながら顔を洗いに行った。

顔を洗い終えて目を赤く腫らしながらテントの前に戻ってくると、本馬を待っていた父と母にテントの中に来るように言われ、二人を追ってテントの中へと入る。

すると母が保冷バッグから、自分の分だったのだろうプリンを我が子に差し出した。

そうして母はこう言った。


『嫌な事があって、それを頑張って乗り越えたらね、その分良いことが待っているんだよ』


本馬はその日のこと、その母の言葉を今まで一度も忘れたことはなかった。

その言葉は今まで本馬の人生で辛い事があったとき、必ずその心と身体を支えてきた。

本馬はそれを思い出し、目の前で起きていることを改めて認識する。

(まさかその逆があるとは、今まで考えたことがなかったよ母さん……。ていうか逆があるのなら先に教えて欲しかったかも。――まあ、こんな景色は誰にも想像できないか)

こんなにも切迫した状況だというのに、本馬の頭の中には今までの人生の中で一番幸せだったかもしれない、まだ始まったばかりの短い学校生活が思い浮かんできていた。

仲間と共に楽曲を作っていたあの日々が。

眠い授業を受けながらも、放課後が楽しみで仕方がなかったあのとき気持ちが。

そして――。

この世の何よりも一番美しいと思った、目の前の敵と対峙する彼女の歌声を。


そうして――彼はその右手を固く、固く握りしめて自らを鼓舞するように笑う。



第一章 彼にとっても日常の終わり
①朝練習は睡魔と攻防戦


午前の八時前。本馬一登《ほんまかずと》は始業時間にはまだ早いこの時間に、学校の階段を上っていた。

学校には部活動の朝練習のために朝早くから登校している生徒しかいないせいか、校庭や体育館から度々響いてくる活気ある声とは裏腹に、校舎は意外と静まっていた。

うちの高校は文化部が特に強いとか、別段やる気がある訳でもないのだからそれが普通なのかもと、睡眠から目覚めてまだ一時間も経ってない本馬は、ダラダラと気だるそうに階段を上り切ったところで、はぁ……。とひと息吐いてそう思った。

そうして本馬が自分の教室に向かって廊下を歩いていると、その自分の教室の方から朝の穏やかな時間には到底似合わない、激しいギターの音が聞こえてきた。

その音にはエレキギター特有の激しさの他にも耳触りの良さがあり、演奏に関する素人である本馬ですら、高校生のレベルを遥かに超えたエフェクトが施されていると感じた。

(県大会メインの吹奏楽部はそもそもこういう演奏はしないし、うちの軽音部にはあんな技術を持った人はいない。そもそも朝練するような人じゃないな、ヤツらは……)

そうなると考えられるのは一人だけだと、僅かに残る眠気で未だ思うように働かない頭で浅い推理をして、少しでも防音のためにと閉められた教室の扉を開ける。

「おはようー。光瀬《みつせ》」

教室の中央の席に座り自前のお高そうなノートPCの画面と向き合い、マウスとキーボードを交互に弄っている、眼鏡を掛けた黒髪ショートカットの少女に本馬は声を掛けた。

「あ、おはよう本馬きゅん」

ノートPCから顔を上げて本馬に笑顔で挨拶を返したが、光瀬は盛大に噛んだ。

狙ったかのような見事な朝おはきゅんのあざとさに、本馬は思わず顔がほころびそうになり、急いで誤魔化すように何もない黒板へと目をそらす。

一方の光瀬はというとその文化系特有の白い肌の顔を赤く染め、その小さな身体を恥ずかしそうに更に小さく縮こませてマウスを握りしめていた。

本馬にはそんな光瀬が小さな可愛い小動物のように見えてしまい、また目をそらす。

「こ、これはその噛んだだけで! 別にきゅん、って言ったわけじゃ」

「わかっているから大丈夫だって」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいから、数少ない同じ部活の仲間なんだしさ、もっと楽にしよう?」

「本馬君、ありがとう……」

引っ込み思案な性格のせいで昔から人付き合いが苦手だったという光瀬は、ついさっきまでの恥ずかしさを忘れ、ほっとした顔で笑っていた。

そんな光瀬の様子を見た本馬は、出会ってまだ一ヶ月でしかも親しくなってからだと更に月日は短いのだが、やっぱり光瀬は可愛い女子高生だなと思っていた。

光瀬には現代の女子高生から失われつつある、とても大切な奥ゆかしい女の子らしさがあるんだよなぁ。などと口に出したが最後、女子から叩かれそうな事も考える。

本馬は自分の机まで行き、雑に机の上に鞄を置きながら光瀬に話しかける。

「にしても、こんな朝早くに学校に来てるなんてな。びっくりしたよ」

「紀田《きだ》君にギターの練習を見て欲しいって言われたから、少し朝は苦手なんだけど頑張って起きてきたんだ。これなら早起きを頑張った甲斐もあったかも」

光瀬は朝が苦手だと言いながらふふっ、と楽しそうに笑う。

そんな光瀬を見た本馬は、途端に申し訳無くなって。

「ごめんな光瀬、アイツが迷惑をかけているみたいで」

「ったく、だれが迷惑だよ。おいコラ」

誰にも触れられずにいた紀田が演奏を止めて、挨拶代わりにと突っ込みを入れる。

「いやいや。朝からわざわざ面倒なことをしてくれているんだぜ? こんな面倒なヤツに」

「――確かにそうだな、ありがとう光瀬! ……って誰がこんな面倒なヤツだよコラッ!」

「おいおい。入学して一ヶ月も経ってなんとか五月病も乗り越え、みんなキャラが落ち着いてきたこの時期に、出遅れて語尾にコラが付くキャラ付けでも始めたのか?」

「そんなキャラ付けはしてねぇし、いらねぇよ気持ち悪い!」

そんな二人の馬鹿なやり取りを見た光瀬は、口を押さえて笑う。

「本当にありがとうね、私とDTM研究会を立ち上げてくれて」

そう嬉しそうに言って、深々と頭を下げる光瀬に本馬は。

「いいや、光瀬――こっちこそありがとうだよ。あの連中にはうんざりだったし、それに光瀬みたいに色々な技術と知識を持った人とこうしてタッグを組めて凄く嬉しい」

「もうっ、そんなお世辞は言わないでよ。これでも私は毎日ね、本馬君の作った歌詞で曲を作らして貰ってもいいのかなーって、凄く申し訳ない気持ちで……」

本馬はそんな事を言ってくれている光瀬に対し、謙虚でも遠慮でもなく本心から。

「俺の作った歌詞なんて大したことはないよ。ただその場で思い浮かんだことや、目に映った光景を言葉にして、何となくの感覚で書き出しているだけだから逆に申し訳ないなって」

「ううん、それであんな作詞ができているのが凄いと思うんだよ」

光瀬は眼鏡の奥の目を、キラキラと輝かせて本馬を見る。

「うーん……そうなのかな?」

「ああ。もしも俺が作詞したら、日本語として成り立つのかって次元だしな」

などと紀田がギターを手にしながらそう言って、自信満々な顔でふんぞりかえる。

「それを言ったら光瀬もスゲェと思うぜ」

手に持ったギターをギタースタンドに立て、紀田が話しだす。

「入学したてほやほやの新入生が入部早々に上級生と揉めて退部。それも次はなんと自分で新しい部活を作ろうっていうんだからな。なかなか度胸のいることだぜ」

「それは私があの軽音部の人たちと、音楽の方向性が合わなかっただけで……。それに二人だって、そうだったから今もこうして私と一緒にいるんでしょ?」

「そりゃあ、違いねぇな」

へへっ、と鼻を掻いてキザに笑う紀田。だが――。

「いや待て紀田、お前は違うだろ」

雰囲気に流されなかった本馬はそれを見逃さず、紀田の言葉を即座に否定する。

そこは否定する流れじゃないだろうと、それを不満に思った紀田は。

「あ? なんだって?」

「あ? じゃねぇよ紀田。お前が辞めた理由を言ってみろよ」

「そりゃあ『音楽性の違い』に決まっているだろう」

「音楽性がどうこう言っていいのはな、少しでも音楽ができる奴だけだ……」

「この話に関してはそうだね、本馬君……」

「何か違ったか? ……よし、それじゃあ振り返るか」

そうしてDTM研究会の三人は、自分たちがまだ軽音部に在籍していた頃を思い出す。

それぞれが、短い間だったがいろいろと起きた出来事を思い出していた。

本馬も光瀬も何か思うところがあるのか、一言も喋らずにいた。

そんな中で紀田は、そうだよなぁ。やっぱりそうなんだよなぁ。と言い――。

「やっぱり俺には音楽性しかないな」

「「それだけはないっ!」」

過去を振り返った紀田の奇怪な発言に、本馬と光瀬は反射的にそれを否定する。

「………………え?」

「いや、そんな意外そうな『えっ、なんで?』みたいな顔をするなよ!」

「えっ、なんで?」

「あの頃のお前には、音楽性なんか欠片もねぇから!」

「いやいやそんな事はないよな、なぁ光瀬?」

「うーん……そうだね」

申し訳なさそうな顔で顎に手を当て、確かにそうだなぁ。うーんと、思案する光瀬。

「ほら見ろ、一登。光瀬はこう言っているぜ?」

「私も、紀田君には音楽性はなかったかなって……」

「味方だと思っていた光瀬さんまでだとっ⁉ ちくしょう……! あの頃のギラギラしていた俺には、いったい何が欠けていたっていうんだよっ⁉」

頭を抱えておぉッ! と紀田は悲壮感を滲ませて天井を見上げる。

「音楽性」

自分の机の上に置いた鞄から教科書を取り出し、机の中にしまいながら本馬が答えた。

「それ以前に、音楽という概念が存在しなかったんじゃないのかな?」

間髪入れずに更に大きい大砲を構え、本馬の援護射撃に入る光瀬。

思い浮かんだ歌詞を何となくで形にして書いているだけの本馬に対し、なまじ音楽に向き合っていない光瀬だからこそ、真に鋭い指摘をしてしまうのだろうか。

紀田は思わぬ伏兵に後方から砲火されて、わなわなと床に崩れ落ちる。

ただし光瀬本人に決して悪意はなく、ただ純粋に紀田のこれから先の音楽活動のことを考えて、善意から足りないものを教えてあげたのだから、紀田にはダメージが大きい。

そんな風にするつもりはなかったのだが、自分の言葉の所為で床に崩れ落ちていった憐れな同級生を光瀬は目にして、なんとか励まそうと紀田の肩を揺する。

「で、でもあのとき、先輩たちに啖呵を切った紀田君は格好良かったよっ」

紀田の音楽以外の良いところを必死に思い返して、光瀬はそれを口に出しフォローする。

「ああ……光瀬…………。本当か……?」

「う、うん、本当だよ! そ、そうだよ。ある意味、ああいうのも人に備わった音楽性なのかもしれないね。うんうん、きっとあのときの紀田君は音楽に大切なものを持っていたよ!」

そう励まされた紀田はシュバッ! と立ち上がって調子に乗り。

「なあ光瀬よ……。――俺は世界的なギタリストになれるのか?」

などと真顔でいきなり訳のわからない事を言いだす。

「え、えーと。……うん、諦めなさえしなければ、いつかきっとなれるよっ!」

否定するのは酷だと思ったのか、それとも勢いに流されたのか光瀬は根性論を語りだす。

(コイツには今生では無理な気がするぜ……。まぁなれたとしても、それがいったい何百年後になるかはわからないし……恐らくはもうその頃、お前は死んでいる)

本馬は紀田(ミイラが)ステージの上に立ち、観客に向かって手を振る姿を想像する。

「フッ……。まぁなに、すぐには無理だろうけどなぁ? 俺はいつか世界中にこの名前を轟かせるギタリスト……そうだな。――紀田リストになってやる‼」

「うっ、ぷぷっ……ぷふふふっっ!」

いきなり出てきた珍妙なバカ丸出しの自称・紀田リストという残念なネーミングセンスに光瀬が口を押えて笑いを止めようとするが、堪えきれずに噴き出してしまう。

一方の紀田リストはというと、再びギターを手に持って演奏を始める。

その演奏を聴いた本馬は、今日登校してからずっと思っていたことを言う。

「お前このままだと、世界的なギタリストになるのは無理だと俺は思うぞ……」

「ああ? なんだって、一登? この演奏が聴こえてないのかよ?」

「……いや、登校してから、もう何回も聴いている」

「だったら感じるだろ、軽音部にいた頃との違いを? この短期間での成長ぶりをッ‼」

「間違いなくこの音の質は半分……いや、半分以上が光瀬の技術力のおかげだし」

そして本馬は続けて、紀田にとって決定的にダメなところを告げる。

「お前さっきからずっと、同じフレーズしか弾いていないだろ?」

「――フっ、ふふっ!」

今まで同じ事を思っては我慢していたのだろう、光瀬がまたもや噴き出す。

「それじゃあ世界的ギタリスト――紀田リストにはなれないぜ?」

「おうおう、おうおう! そう言うならば、ヤッてやろうじゃあねぇか! さっきまでとは違う紀田を見せて……いや、その耳に――骨の髄まで聴かせてやろうさぁ!」

「あのー紀田君……。やめておいた方が……」

「大丈夫だ心配するな光瀬ッ! お前に教えて貰ったこと、その全てをブツけてやる!」

そう啖呵を切った紀田は、掛け声と共にさっきとは違う演奏を始めるが――。

「だあぁー‼ 無理だッ‼ 弾けねぇぞ‼ なんでだッ⁉」

「だって私はさっきのフレーズしか、紀田君に教えていないからね……」

ふと本馬が外を見てみると、外の運動部が校庭から撤収しているところだった。

「あー……。そろそろ、朝練が終わった運動部が教室に来る頃だぞ」

本馬がそう言うと、くそぅ、と紀田が悔しそうにギターと周辺の機材を片付け始める。

そうして片付け始めた紀田を見て、作業を中断した光瀬が機材整備を始める。

そんな中で紀田が手を止めて、そういえば――と呟いてある重大な事を口にする。

「なんか今日、うちのクラスに転校生が来るらしいぞ。それもブロンドの髪に碧眼の女の子」



第一章 彼にとっても日常の終わり
②HR前の転校直前祭り


横を通った剣道部のクラスメイトと挨拶を交わしながら、本馬《本馬》が紀田《きだ》に質問する。

「それでさ……。さっきの話は何だったんだよ?」

「ん? 話って何の話だ?」

HR数分前という時間になった事で教室中の席が着実に埋まりつつある中で、本馬のクラスである一年A組はとある一つの話題で稀にみる盛り上がりを見せていた。

「だからさ。金髪碧眼の……ほら、美少女転校生の話だよ」

「あーあーそれか。それから金髪じゃなくて、ブロンドな? これ重要なとこ」

「いやいや。お前もしかしなくても、金髪とブロンドの違いを知っているのか?」

「ああ。そりゃ勿論とも。フッ、知らない奴がおかしいとまで俺は思うぜ」

紀田はそう堂々と胸を張って、自分の言葉に自信を持って言い切る。

そんな堂々とした紀田を見た本馬は、込み上げる笑いを堪えながらこう告げる。

「……紀田よ、そんなお前に朗報だぞ。なんともまぁ紀田だけびっくり仰天な、当たり前の新事実、金髪とブロンドは呼び方が違うだけで意味は一緒なんだぞ……くっ」

「……おい、うそ……だろ……」

「おい紀田、その仲間に裏切られた少年漫画の主人公みたいな顔をやめてくれ」

「だってお前、言ったじゃないかっ!『金髪とブロンドの違いがわかるのか?』って‼」

「だから頼むからそのノリをやめろって……。それにこればかりは簡単な心理トリックに引っかかったお前が悪いし。そもそもどうして、自分の喋った言葉の意味を知らない」

「金髪とブロンドが一緒……」

「さらに言うなら、そんな一般常識を知らない時点でお前は負けていた。……でさ、重要なのはここからの話なんだけど、その転校生――美少女なんだよな?」

本馬は少し離れた席に座っている光瀬《みつせ》に聴かれないよう、ひそひそと紀田に質問をする。

「お、なんだ? 俺はてっきり入学してからこの方、お前さんを女に興味がないヤツだとばかり思っていたんだが……。なあ、やっぱり異性に興味があるのか?」

ニタァ、と紀田が下卑た笑みを浮かべて本馬に顔を近づける。

「ちょっとお前顔近いし、違うって。そういうのじゃなくてだな」

「だったらじゃあ、何だっていうんだよ?」

本馬は少し興奮した様子で、だが光瀬には聴かれないように声を小さくして言う。

「金髪碧眼の海外からの美少女転校生。これほどそそるものはないだろうがっ!」

「やっぱり女に興味があんじゃねぇか! しかも同級生に対してそそるってなんだよ⁉」

本馬の苦労も虚しく、あろうことか紀田は教室中に聞こえるような大声で叫ぶ。

その瞬間、教室中の視線が一秒も待たずに一気に彼らの方に集まる。

それも主な視線の集中先は、叫んだ紀田の方ではではなくて本馬の方だった。

本馬は「あははっ、やっちゃったー」と笑う紀田に対してキレる。

「おい、紀田っ! お前、なんてことしてくれてんだよ! これじゃあクラス中の女子から危険人物という不名誉極まりないレッテルを貼られるじゃないかっ!」

「いやいやおいおい、どう考えてもお前は間違いなく危険人物だろ⁉ 女に興味がないフリをしていながらも、心の中では『うへへへ、同級生と同じ屋根の下同じ空間の中で、酸素すーすー二炭化酸素はぁはぁ』とかヤバイだろっ! 極度のムッツリタイプの変態とか、信頼関係で成り立っているコミュニティであるクラス内だと尚のことタチ悪いわっ!」

「そんな事を直ぐに思いつく、お前の想像の方がタチ悪いわっ! 今のなんだよっ、気持ち悪すぎる! それから酸素は二回どころか、そもそも炭化しない‼」

「だってお前、そういう趣味なんだろっ⁉」

「話を間違った方向に飛躍させた上に、酷い拡大解釈をするなっ‼ いいか、お前は大元から勘違いしているんだけどな、俺は歌詞を作る話をしていたんだよっ!」

本馬がそう言いだすと、紀田はサッパリ訳がわからなという顔になり。

「……はぁ? どういうことだ?」

「あのなぁ、俺は自分が見たものから作詞するのが得意なのっ! だからそんな金髪碧眼なんて超レアキャラ的人物が転校してきたら、毎日作詞が捗りそうだなって思ったのよ」

「あーなんだ、そういうことか」

紀田がそう手を打って納得すると、クラスメイトたちは『なんだよ、紀田のいつものバ勘違いか』とか『クラス名簿から一人名前を消さずに済んだ』などと元の会話に戻っていく。

その様子を見た本馬は、ほっとして胸を撫で下ろす。

それから背後から未だに視線を感じた本馬が何となく背後を振り返ると、じぃっー…………。と微妙な表情を浮かべながらジト目で見つめている光瀬がいた。

そんな様子の光瀬に少々寒気を感じて、一応謝っておいた方がいいかもしれないと思った本馬は、光瀬の座っている机に赴いて正面にしゃがんで手を合わせる。

「騒がしてごめんな、光瀬。さっきのはいつもの紀田のバカだから、気にしないでくれ」

本馬がそう謝ると、そういうつもりじゃ無いんだよ、と光瀬は慌てて。

「ご、ごめんね。そういうつもりじゃなかったの。ただ……」

そう呟いた光瀬は、そこから先の言葉を詰まらせて黙る。

「ただ……?」

「私の側にいるときにいつも本馬君が『光瀬の酸素すーすー、二酸化炭素はーはー』していたと想像しちゃったらね。――ちょっと……うん……ちょっと……」

「ちょっとって何かな⁉ そのちょっとが、凄い気になるんですけどっ‼」

「ううん、ごめんね本馬君。気にしないで大丈夫だよっ!」

そう言うと光瀬は、満面の笑みで顔を固めて本馬に笑いかける。

その笑みに何故か恐怖を感じた本馬は、そろそろと逃げるように紀田の所に帰還する。

はぁ……。と肩を落とす本馬を見て、何か話題を変えようと紀田は考えて。

「それじゃあ、さっきの話に戻るけどな……。別に金髪碧眼の美少女転校生じゃないぞ」

「うん? どういうことだ? 俺はお前から金髪碧眼の美少女転校生って聞いたけど」

本馬は聞いたこと違うんだが、と不思議そうにする。

「もしかしたら美少女なのかもしれないが、俺は金髪碧眼の女の子としか言ってねぇぞ」

「あれ、そうだったっけ?」

ああそうだ、と紀田が頷いてから、これならどうだと例え話を始める。

「なあ一登《かずと》、金髪碧眼って聞いてお前なら何を思い浮かべる?」

「うーん……。そりゃ歩くと綺麗な金髪が揺れる、ナイスバディのお姉さんかな」

「それがミソなんだよ。俺は金髪碧眼としか言ってないんだが」

ああそういうことか、と紀田が何を言いたいのか本馬は理解した。

「金髪碧眼としか言ってないのに、お前には綺麗な長髪とナイスバディのお姉さんって情報が頭に浮かんだ。もしかしたら俺が思っていた金髪碧眼は少女だったかもしれないし、身体のごついマッスルな兄貴系特盛女子だったかもしれないのに、だ」

「だから俺は金髪碧眼の女の子って聞いただけなのに、ついついそれを金髪碧眼の美少女だと無意識のうちに考えて、聞いた情報を勝手に上書きしていたのか」

「そうなんだが、お前はまだマシなほうだぜ……。おい、周りの会話を聞いてみろよ」

紀田にそう言われて、本馬は周囲の会話に耳を傾けてみる。

するとその会話の内容は『転校生は金髪巨乳のお姉さまだってよ!』とか『ボーイッシュでソバカスのある金髪同級生……!』とか『お人形さんみたいに、小さくて可愛い娘だったらいいなぁ』などと噂と希望と個人の欲望が入り混じって、収集がつかなくなっていた。

「なあ一登、やっぱりこれはよくないよな……」

「ん? どうした紀田、何がよくないんだよ?」

「だってよう、これじゃあ――」

「期待されて勝手にハードル上げられている、小柄な金髪碧眼美少女が可哀想だよ」

そう言って後ろから、光瀬がぐいっと二人に割り込んでいく。

「あー……。確かにそれもそうだよな。さすが、ちゃんとした女子高生の光瀬だよ」

「――どういう意味なのかな? うん。ありがとう?」

本馬の言葉の真意を知らず、不思議そうにしている光瀬に紀田が自らの功績を主張する。

「いや、それを言おうとしたのは俺で――」

「どうしたものかな……。なあところで、紀田はどうすればいいと思う?」

「ああ、もういいよ……」

相手にされず疲れた紀田は諦めて、うーんそうだな……。と少し考える。

「みんなが未だ見ぬ転校生にいらない期待をして、転校生のハードルが上がるのが悪いんだろ……? だったらよ、つまるとこ期待をさせなきゃ良いってことだな」

「うーん……。そういうことになるのかな……」

何かが引っかかりながらも、半分くらいの気持ちで光瀬は同意する。

「よし、じゃあいってくる」

紀田はそう言うと席を立ち上がり、どこかへと行こうとする。

なんとなく嫌な予感がした本馬は、紀田を止めようとしてその肩を掴もうとする。

「ちょっと待てよ、紀田。どこに行くんだよ」

「そんなの一つしか無いだろ? 転校生に期待をさせないように、ちょっと――」

このときにもっとしっかりと、止めておくべきだったと本馬は後で悔やむ事になる。

「転校生への期待を下げてくる」

おーいみんなー。聞いてくれー! と紀田は教壇に立ち。


「転校生のことなんだけどよ、どうやら金髪のヅラを被って左右別種類のカラコンを入れてる、セーラー服で女装をしている汗っかきの太ったオジさんらしいぜ!!」


唐突にクラスメイトにそう言い放った紀田が、ソレを想像してしまった男子とデリカシーが無いとキレた女子に後でボッコボコにされたのは言うまでもない。

本馬はそんな愉快なクラスメイトたちを見ながら、ふと気になったことを光瀬に聞く。

「ところで光瀬、ついさっきのことなんだけどさ。こっちに来たとき、転校生のことを『小柄な金髪碧眼美少女』って言っていただろ? なんでそう思ったの?」

「思ったんじゃないよ。だって私は朝、教室に来る途中にその子を見たから」

「……………………そうですか」



第一章 彼にとっても日常の終わり
③転校生 イアラ・ヴァルスヘルムシュタイン


「よーし、HRを始めるぞ。だが今日はその前に、お前らに一つ言いたいことがある」

一年A組の担任である蔵帝《くらみかど》が教壇に立ち、朝のホームルームを始めようと生徒に声をかける。だがどうやら今日はすぐにHRは始まらないらしかった。

その言葉を聞いた本馬《ほんま》たち一年A組の生徒は『やっぱり転校生の紹介かな』とその雰囲気を感じ取り、そわそわとし始めたために自然と教室中がうるさくなる。

そんな落ち着きない様子の、自分のクラスの生徒たちを見た蔵帝は眉間にシワを寄せて。

「おい、いいかお前ら……? あまりにも煩いと、私が話が進められないし、進める気も無くなるんだがな……? そうだ静かにしろ、まずは私の話を聞け。いいな?」

蔵帝がシワを作ったのを見た生徒たちは『もう去年から婚期ヤバいのに、あの三十路にシワがまた増える』と信頼する先生の将来の為を思い、静かになる。

「じゃあまずはもうどうせ知っているとは思うが、転校生の紹介をする」

そう言うとまた教室中がざわつき始めたので蔵帝がコホン、と咳払いをする。

「だがその前に私からお前たちに一つ、聞いておかなければならない事がある」

「「「「「?」」」」」

一年A組の生徒は全員、なんのことだろう? と揃って首を傾げる。

その統一された生徒の動きを見て、蔵帝はまたやったのかという顔をして。

「紀田《きだ》、お前その顔どうした……」

「そこらにいる野良のクラスメイトにやられました。顔面が心なしかヒリヒリします」

「そんなのは別にどうでもいい。お前のそんな顔を見て転校生が怖がって、転校初っ端から登校拒否にでもなったらどうする。時間をやるから早く顔を取り替えてこい」

「蔵帝先生、俺に対する対応酷くないっすかねぇ⁉」

「ああ何だって、文句かっ⁉ ……ったく顔を取り替えられないのならば、しょうがないな。紀田は紀田のクセに顔を取り替えられないらしいから、お前らもあまりやり過ぎるなよ?」

「紀田をなんだと思っているの⁉ 俺は普通に普通の人間だよ、先生!?」

軽く冗談を言いつつも、さり気なく生徒に対してやり過ぎるなよと言う辺り、本当は言葉遣いとは裏腹にも優しい先生なのかもしれない、と本馬は少し思ったりした。

しかしそんな事を本馬が思っていると、黒板の方を振り向いたとき最後に生徒に聞こえないくらい小さな声で、蔵帝がボソッと呟いたのが本馬には聞こえた。

「……生傷は教頭のクソハゲが煩せぇんだよ」

前言撤回、蔵帝先生は優しくはないのかもしれない。と本馬は考えを改める。

それじゃあ冗談は終わりにして切り替えて、と蔵帝が言い。

「じゃあ転校生を紹介するからな。おーい、入ってきていいぞ」

蔵帝先生がそう言うと教室中がおぉー! という声に包まれる。

(これじゃあきっと転校生、入りづらいだろうなー……。もし俺が転校生だったら、こんなに自分のことで騒いでいる未知の教室に入りたくないよな。心細いし)

本馬はそう思い、クラスメイトを宥めようと扉の方を振り向いて――紀田の腫れた無様な顔が視界に入り、恐れを為して我が身大切さに諦めた。

(頑張れ転校生。人生は嫌な事を頑張って乗り越えたその先に、良いことが待っているんだ)

本馬はここぞとばかりに母が昔、自分に言ってくれた言葉をまだ見ぬ転校生へのエールにしながら、自分への都合の良い言い訳に上手に使う。

その念が通じたのか、音を立ててゆっくりと教室の扉が開いた。

そうして転校生がブロンドの長い髪をなびかせながら、教室へと入ってくる。

そのブロンドの髪の美しさもさながら、転校生自身も顔立ちが綺麗に整っていて、間違いなく美少女と呼ばれる部類に類するだろうといった容姿であった。

しかしモデル体型とは程遠く高校生にしては身長が低く、百五十センチもないのではないのかと思う身体も相まって、まるでお人形さんみたいだと本馬は思った。

「じゃあ自己紹介は転校生、自分でやってくれ」

蔵帝先生はそう言うと、脇役は下がりますよーと言わんばかりに自己紹介を転校生に丸投げして、早々と教室の端へと移動して見守る。

そうすると自動的にクラス全員の視線が、未知の美少女転校生へと集まる。

そうして自然と教室中が静かになったところで、転校生は口を開き。

「初めまして。私の名前はイアラ・ヴァルスヘルムシュタインと言います。家庭の事情によりこんな時期ですが、転校してきました。どうかよろしくお願いします」

転校生――イアラはそういうと自己紹介を終える。

少し味気ない自己紹介だな、と本馬は失礼ながらもそう思った。

やはりそう思えてしまうのは今朝、勝手に自分たちが転校生に期待して盛りが上がってしまったからだろうと反省する。

まぁそんな自己紹介だったわけで、そろそろ紀田が『転校生ちゃん転校生ちゃん! 何て呼べばいいかな? 彼氏か彼女いるか教えてよねぇついでに魅惑のスリーサイズも』と転校生に泥製の助け舟を出すなと思い、本馬は紀田の方を振り向く。

「……………………………」

しかし本馬の予想とは違い、紀田は黙って真剣な表情で口に手を当てて、転校生をじっと見つめて難しい顔をしていた。

そんな表情を浮かべる紀田を本馬は初めて見る。

何か只ならぬモノを感じた本馬は紀田に、どうかしたのかと声を掛けようとして――。

「転校生が怯えんだろうが、この変態!」

「ぐへぇ⁉」

本馬が声を掛ける寸前、紀田の隣の席に座っている狗塔《くとう》が立ち上がって紀田の頭を引っ叩いた。

叩かれた当の紀田はというと、口に当てていた手が頭を叩かれた事によって、見事自分の拳が自身の顔へと突き刺さった。

「……おうおうおうおう!! 何するんだ、狗塔テメェー!」

「何って頭を引っ叩いただけじゃない」

「頭を引っ叩いただけって認識がおかしい‼ 頭を叩かれたついでに、俺の美形な顔にグーが刺さったわッ‼」

「なになに? あら、刺さってマシな顔になったじゃない。さっきのアンタ、暗闇から女子高生を値踏みして狙っている変質者の顔をしていたわよ。整形してやった私に感謝しなさい」

狗塔はそう言うとふん、と小さな胸を張る。

そんな偉そうな狗塔の態度に紀田は、あぁん!? とキレる。

「元からこの顔ですぅー! それに人の頭を叩いて胸を張るなっ!」

紀田は叩かれた頭を掻きながら、ボソッと静かに呟いた。

「……張る胸もないクセに」

「――んだとぉ!? 聞こえてんだよコラァッッ‼」

そう言ったが最後、紀田と狗塔によるケンカが始まる。

こうなったら暫くは収拾がつかないなと本馬は思い、前を向きなおすと転校生と目が合った。

本馬は興味と関心から、そのまま転校生を見つめ続ける。

(改めて見ると、とても綺麗な瞳だな……。日本人離れしているとか抜きにしても、宝石みたいな美しさがある……)

一瞬、お互いが見つめ合うような形になったが、転校生はすぐにスッと目を逸らす。

転校生に目を逸らされた本馬は少しがっかりして、机にうつ伏せになる。

「いいかっ!? 俺は転校生をいやらしい目なんかじゃ見ちゃいねぇよ! まぁ俺は確かに転校生みたいな髪の長さが好きだぜ……。お前みたいな短髪よりかはなっ!!」

「あぁんっ!? テメェの好みなんて聞いてねぇってんだよ。だけど聞き捨てならねぇ事言いやがったな短髪で何が悪いんだよコラッ!」

「クラッ……蔵帝先生、私の席はどこですか……?」

教室で起きている騒動はやれ他所に、転校生は至って転校生らしくまだ日本語に慣れてはいないのか、言葉を噛みながらも自分の席を担任に尋ねる。

「そこの空いている席……そこのいかにも冴えない顔をしている純正の日本人って感じの本馬って男子の隣だな」

「ありがとうございます」

「どことなく嫌味な紹介を挟まないでくださいますかなぁ先生⁉」

「あーあーあーあぁ! じゃあもう紀田さん語っちゃおうかな⁉ ブロンドの良さにロングヘアーがもたらす相乗効果についてッ‼」

「短髪バカにするなら、その良さを語り出す前にテメェの口を塞いでやろうかぁ⁉」

「あぁ……そして何よりも初対面の人に目を逸らされた……いきなり嫌われたかも……」

こうして転校生、イアラ・ヴァルスヘルムシュタインの自己紹介は幕を閉じ。

それぞれの新しい学校生活の幕が上がったのである。


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