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【連載小説】王の資質 ~King Lost World~

【連載小説】王の資質 ~King Lost World~



『デビュー前の“作家の卵”の方々の作品を先取りして、日々の読書を楽しもう』

をコンセプトに、様々なジャンルの小説の冒頭5話を掲載しています!

面白い作品や気に入った作家を見つけて、作家デビューまで応援しよう!

本ページの最後に作家様のリンクを設けてあるので、足を運んでみてください。


連載小説の第2弾は...

『王の資質 ~King Lost World~』 わにたろう

感想やこの小説の続きはページ下のリンクよりお進みください。


≪目次≫

第1話|優しき世界の終焉:1

第2話|優しき世界の終焉:2

第3話|優しき世界の終焉:3

第4話|優しき世界の終焉:4

第5話|優しき世界の終焉:5

◇お願い◇



優しき世界の終焉:1


 日々各地で戦乱に満ち溢れた世界。

 

ガーランド大陸と呼ばれるこの世界では日夜戦争が絶えない。この世界の王を決めるため、いくつもの国の王達が戦いを繰り広げている、そんな世界だ。今日も、あの国があそこの国を制圧したとか、どこかの国が壊滅状態とか、そんな噂ばかりがそこら中に蔓延していた。

 

しかし、そんな世界の中でも平和な国も幾つか存在した。この国もその一つだ。国というにはおこがましいほど小さな村ではあるが、こんな世界にありながら、戦いのない平和な国だった。

 

ここはルブールと呼ばれる国で木造建築の家が十数件立ち並び、総人口三十人くらいの小さな村である。森に囲まれており、周りから隔離されているため、他の国とのつながりはほとんどない。

 

この国が平和なのは、この立地条件が大きな要因である。森に囲まれた、権力も持たない小さな村など誰も目に掛けないのだ。少し不便ではあるが、いくらか歩けば商業都市であるアルバーンが存在するため、生活がさほど困ることはない。徒歩で二、三時間くらいはかかるため、気軽にとまではいかないが。


「アカツキ、今日も一緒にアルバーン行ってくれるんだよね?」


声の主の少女は、滑らかな銀髪を携え、幼さを感じる少しふっくらとしたあどけない顔。華奢というのがとてもしっくりくるほど、身体は線が細く全体的にか弱い印象を与える。


「昨日欲しいものは大体手に入れたしなあ。あそこは、戦争は無いけど、喧嘩とかが日々絶えない国だからあんま遊びに行くなってじいちゃんに言われてるし」


少女にアカツキと呼ばれた少年が唸るようにそう返した。少年は漆黒の豊かな髪が軽く逆立てており、銀髪の少女より身長は少し高い。身体の線は割りと細目だが、露出している腕や太ももが引き締まっているため、華奢な印象はない。


「え~。でも昨日私が頼まれていた小麦粉買い忘れたって言ったら、アカツキ今日も付き合ってくれるって言ってたじゃん」


銀髪の少女は頬をふくらませながらあからさまに不機嫌な表情を浮かべ、アカツキに文句を垂れる。そんな少女の言葉にアカツキは頭を掻きながら、気まずそうな表情で返事をする。


「そんなこと言った覚えないんだけど……。リルだってこの前付いてきてくなかったことあったじゃないか。俺だって忙しいんだよ。俺だって今から森の中に狩りに行くつもりで準備までして……」


アカツキがたじたじとしながら言い訳を並べていると、リルと呼ばれる少女は食い入るように、アカツキの言葉を遮った。


「じゃあいいもん。それで私がアルバーンで襲われて帰って来れなくなっても、アカツキのせいなんだからね」


リルはツンとした表情をして腕を組んで、その滑らかな銀髪をサラリと揺らしながら、フンッと鼻を鳴らして、そっぽを向きアカツキから顔を背けた。


「あ~……、もうわかったよ。一緒に行けばいいんだろ。いつもこうなんだから……」


アカツキは彼女のそんな言葉に折れて、彼女の頼みをしぶしぶ承諾した。最後の一言はリルには聞こえないように小さな声で呟いた。すると、リルは今まで怒っていたのが嘘だったかのようにパッと明るい笑顔を見せる。


「ホントに?アカツキって優しいわね。ありがと」


ニッと無邪気な笑顔を見せられると、まあしょうがないか、と思えてしまうあたりが、アカツキが簡単に折れてしまう所以でもあるのだろう。

実はいつもこうなのである。リルはアルバーンに何か用があるとアカツキに一緒に付いてくるように頼み込み、最後は泣き落としでアカツキを無理やり引っ張っていくのである。アカツキも最近は諦めたようにすぐ折れるようになったが、ちょっと前まではこのやりとりもなかなか長く続いたものだった。



リルと後で会う約束をして、一旦別れて家に戻った。


「じいちゃん、ただいま。リルのせいで今からアルバーンに買い物に行くことになったんだ」


家の中には少し絡まったようなボサボサの白髪に長い白髭を生やした、いかにもな雰囲気の老人が椅子に腰掛け、本を読んでいた。


「おかえり。また、アルバーンに行くのか?昨日行ったばかりじゃないか」


齢八十の老人は、歳の割には丹精な顔立ちをしており、声も少し重みのある低い声で、白髪と白髭を除けば実年齢よりも余程若く感じられる。アカツキの祖父であり、この国の国王である彼は、名をシリウスという。

国王といっても特にこの村は他の国と繋がりもなく、戦争をするわけでもないので、名ばかりの国王ではあるのだが、面倒見がよく村人に何かあると真摯な態度で相談に乗ったり、子供たちの面倒を見たりと、村人たちと積極的に交流しているため、国の皆から愛される国王となっていた。

国王だからと言って立派な宮殿に住んでいるわけでもなければ、豪華な服装に身を包んでいるわけでもない。他の国民たちと何一つ変わりない普通の生活をしている。


「実は昨日、リルが買い忘れたものがあったんだって。それで、もしついて行かなくて帰って来れなかったら俺のせいだとか言い出すから、ついて行かざる負えなくなって……」


アカツキは苦い顔で、ハアッといった感じで溜め息を吐きながらシリウスに説明していると、シリウスも苦笑してから、重い腰を上げるように椅子から立ち上がる。


「本当にリルは困った子じゃな。まあでも、それなら仕方がないの。一緒に行ってあげなさい。ついでに何か果物でも買ってきてくれんか。今夜の食後のデザートにでもしようかの」


そう言ってシリウスは、歳の割に軽やかな足取りで棚に向かうと、そこから何枚かの硬貨を取り出し、アカツキに渡した。


「わかったよ。夕方までには帰ってくる。美味しそうなの見つけてくるよ」


硬貨を受け取るとアカツキは笑顔でシリウスに返事をする。


「ああ、楽しみにしているよ。くれぐれも気をつけて行くんじゃよ。あの街は平和な方じゃが、危険がないという訳では無いからの。男として、しっかりリルを守ってあげるんじゃよ」


シリウスがアカツキの肩にそっと手を置き、念を押すように注意を促すと、アカツキは力強く頷いてみせる。


「もちろんさ。じゃあ行ってきます」


そう言って手を振るシリウスを背に、アカツキはリルとの待ち合わせ場所へと足早に向かった。




「もうっ、遅いよアカツキ」


先に待ち合わせ場所に着いていたリルが、軽く頬をふくらませて怒ったような表情をみせながら待っていた。いつものことなのでこの態度がほんとに怒っていないことはアカツキにも分かっていたから軽い返事で済ませる。


「悪い、悪い。じゃ、さっさと行こうぜ」


そんなアカツキの態度にリルも特に気にした様子もなく、「うん。」とさっきまでとは打って変わって笑顔で返事をすると、後ろから楽しそうに鼻唄混じりに付いてきた。

森を抜けるのには一時間くらい掛かる。ルブールとアルバーンを往き来する人が多いので、森の道は整備されており、特に森を抜けるのが大変ということはない。ただし、たまに森の動物が飛び出してきて襲いかかってくることはあるので、絶対に安全とまではいかないが……。

森を抜けると草原が広がっており、そこから更に一、二時間くらい歩くと商業都市アルバーンが見えてくる。お金に余裕があると、馬車が草原を回っているのでそれを利用することもあるが、子供であるリルとアカツキにそんな余裕があるはずもないので、もちろん徒歩で行くことになる。


「昨日あんなに歩いたのに、また歩かなきゃいけないのかよ」


道すがらリルに向けて軽口を叩くと、何が楽しいのか解らないが、鼻唄を歌ってスキップしながら進んでいたリルが笑顔でこちらを向く。


「いいじゃん、森の中にいるより、こうやって太陽浴びながら散歩する方がよっぽど楽しいでしょ」


「だから俺は狩りをする予定だったてば……。ってか、そんな楽しそうにして、昨日買い物忘れたのわざとじゃないだろうな……」


アカツキは冗談交じりに聞いたつもりだったのだが、リルは急にスキップを止めてゆっくりとこちらに顔を向けてきた。こちらに向けられたリルの顔は異常に汗ばんでいて、何かを隠しているのは明らかだった。


「えっ、そんなことないよ。うん、全然そんなことないよ。えへっ」


何一つ誤魔化せていないバレバレの誤魔化し方をするので、こいつ……、と思いはしたものの、先程までの楽しそうな彼女を見て今さら怒る気にもなれず、特に文句を言わないまま苦笑して、アカツキは歩くスピードを少しだけ速めた。


商業都市アルバーン。ここは様々な国の商人が集まり商いをする、大きな商業都市である。円形で堀に囲まれており、道には荷車が行き交い、円の中心を十字で斬るように引かれた大通りでは、多くの露店が立ち並び客の呼び込みをしている。

商業の発展のため、この国を無くしてはならないという各国の合意により、この国で戦争が起こることはない。そのため、戦争から逃れようと多くの難民がここにやってくる。国から逃れ、住居を持たない貧乏人達が、路地裏を寝床としているため、大通り以外は治安が悪い。

路地裏などでは怪しい露天が並んでおり、大通りでおおっぴらに商売をできないようなものを扱う商人がここで商売を行っている。シリウスがアカツキに念を押して注意するのもそのためである。

いろんな国から商人が来るため、建物は大半が居酒屋と宿屋になっており、住宅というのはごく僅かである。人は多いのに住宅が少ないのは、ここが戦争の起こらない国であることから、高地価になっており、とても難民が家を買えるような値段ではないからだ。


「相変わらず活気に溢れてるなあ、この街は」


リルが目をキラキラ輝かせて大通りに立ち並ぶ様々な露店に目移りしながら、楽しそうな表情を浮かべる。


「昨日来たばっかだろ。速く買い物済ませてルブールに帰ろうぜ」


そんなリルの様子を見て、アカツキは呆れたような口調で返すが、リルがそれに対抗するかのように更に呆れ顔を浮かべて溜め息を吐きながら、諭すように話す。


「はあ、わかってないなあアカツキは。ここは毎日違う商人さん達がこの大通りに一斉にものを並べて商いしてるんだよ。来るたびに景色が変わるから何度来たって飽きないんだよ」


呆れ顔をしていたのは一瞬で、すぐに恋する乙女みたいな表情で目を輝かせながら話を続ける。これもいつものことなのだが、リルはこの街が大好きで、一度来たら大通りを全部見るまで満足してくれないのだ。アカツキがリルと一緒にここに来るのが嫌な理由は、これも少なからず含まれていた。

どうせ全部回るなら、とアカツキは美味しそうな果物が売っている露店を幾つか確認しながら大通りを歩いていた。そこら中から漂ってくる果物の香りを嗅ぎながら今日の晩御飯を想像して歩くのもなかなか悪いものではなかった。

途中リルが呉服屋の露店に立ち寄り数十分出てこなくなり、しびれを切らしたアカツキが入って行ったら着替えの真最中だったというハプニングを除けば、順調に買い物は進んだ。アカツキの片頬が少し赤くなっていた理由は、言うまでもないだろう。

最後に、アカツキが途中で見た真っ赤に熟れた林檎を買って帰ろうと、目星をつけていた露店に向かおうとしたその時、ふと、気になる会話が耳を横切った。


「あの噂は本当かい?ルブールにグランパニアの軍が侵攻しているって話だけど」


「本当らしいよ。あそこは隔離された村だから安全って言われてたのにね。ホント、どこもかしこも戦争で、いやだねえ」


商人の女性達がしているそんな話が、アカツキの耳に嫌な刺激を与えてくる。

ルブールに軍が侵攻……。嘘だろ……。何であの村に……。


「おばちゃん、その話詳しく聞かせてくれよ。頼む」


慌てた形相で必死に懇願してくるアカツキに、少し驚いた表情をみせた女性達だったが、すぐに落ち着きを取り戻して話を聞かせてくれた。


「なんでも、あそこにいる村長さんが昔に何かやらかしたらしくってね。今更になって、グランパニアの王である四天王のキラ様があの村に軍を送り込んで、その村長を捕縛しに行ったらしいのよ」


四天王というのはこの大陸を牛耳る四つの大国があり、そこの国王達を総称して四天王と呼んでいる。キラはその中の一人で、かなり横暴な王政を敷いていることで有名である。さらに四大大国の中心にはガーランド帝国があり、この帝国の王がこの大陸の全ての権力を握っている。


「じいちゃんが捕まる……。なんでだよ……」


信じられない内容にアカツキは困惑し拳を強く握り締め、奥歯を噛み締めていると、アカツキのそんな様子に女性も何か気になることがあったようで、恐る恐るといった声音でアカツキに話しかける。


「坊や、もしかしてルブールの……」


「行くぞリル、早く帰ってじいちゃんに知らせなきゃ」


「うん」


アカツキは女性の呼びかけを最後まで聞くことなく、リルの手を引いて走り出した。



優しき世界の終焉:2


 アカツキ達がルブールの危機を聞かされたのと同時刻、ルブールには既にグランパニアの侵攻軍が到着していた。ルブールの大人たちと軍が、睨み合う形で向かい合っていた。

軍を率いる男は、黒いガウンをだらしなく羽織っており、頭はボサボサで、不精ヒゲを生やしている。見た目からしてやる気のなさそうで、しかし隙を感じさせない、そんな男だった。


「いやあ、すんませんねえ。こんな仰々しい一行を連れてきてしまって。私はグランパニア軍の第一部隊の隊長を努めさせてもらってる、オウルといいます。以後よろしくお願いします」


オウルと名乗った男は、なんとも気の抜けた話し方で話しをし始める。挑発じみて聞こえるのは、見え隠れする彼の隙のなさが成す業なのだろうか。


「今回は、あれです。え~っと、シリウスさんでしたっけ?あなたに用があってここへ来ました。よろしければ、我々と一緒に国王の元に付いて来てくれやあしませんかねえ」


オウルは国民たちから、一斉に嫌悪の視線を向けられながらも気の抜けた話し方を替えずに淡々と要件を述べていく。


「あなたがおとなしく付いて来てくれれば、他の皆様に危害は加えるつもりはありません。何しろ、面倒ですしね……。でも抵抗するというのであれば、こちらもそれ相応の対処をさせていただきます」


それまで聞くだけに徹していたシリウスがようやく口を開いた。


「グランパニアということは、キラのやつが絡んでいるということかの。あのガキどもがこんな仰々しい軍を率いるようになるとはの……。わしも年をとるわけじゃ。で、わしを連れて行くということじゃが、答えはノーじゃの。今更わしは戦争に関わるつもりもないし、第一あやつがこんな軍を寄越してただで帰るとは思えぬ。違うか?」


前半は何かを思い出すように天を仰ぎながら話していたが、後半は目つきを変え、オウルたちを睨みつけながら軍の兵士たちを威嚇した。軍の兵士たちは、その形相と雰囲気に圧され、そろって後ずさりをしたのに対し、オウルだけがその場から動くことなくシリウスへと言葉を投げかける。


「いやあ、うちの王も信用がないようだ。それに四天王のキラをあやつ呼ばわりとは、さすが〈疾風〉の異名をもった資質持ちだ。キラが一目置くのも理解できる。その様子だと一歩も引く気はないようですね。……ふふっ、そうでなくては困る」


やる気のない様子を見せていたオウルだったが、シリウスの言葉を聞いた途端、先程までとは打って変わって、急に目を見開いて流暢に話し始める。先程まで感じていた隙のなさが、前面に押し出される。


「やはり、あやつがこんな気の抜けたやつを軍の隊長にするとはおかしいと思っていたが、なあに、ただの戦闘狂ではないか。軍の隊長を任されるあたり、お前も資質持ちなのだろう?」


「ええ、もちろんそうですよ。私もあなたと同じ資質持ちです。でなければ、あなたと殺りあえるわけがない。付いて来てくれというのは建前ですよ。キラはあなたを危険視している。あなたほどの力を持った資質持ちを、グランパニアの領土で、これ以上放置する訳にはいかない。それで、私にあなたへの排除命令が出たわけです。あなたを殺せと……」


最早先程までのオウルはどこにもいない。早く戦いたいといった様子で、舌なめずりをし、抑えきれないように不気味な笑みを零す。その豹変ぶりにシリウス以外の者は皆、恐怖した。ルブールの国民たちは、引きつった表情で額から冷や汗を流し、その場から一歩も動けずにいた。


「セッコロ、今すぐ皆を連れてこの街を離れなさい。お前たちがいても何もできることはない。今はひたすら逃げるんじゃ」


村の住民の中でも特にシリウスと親しく、住民たちの信頼も厚いセッコロという青年に向かって、シリウスはこの村から逃げるように促す。しかし、青年はシリウスを一人置いていけないといった感じで、はっきりとした返事をせずに、困惑した表情を浮かべる。


「でも……」


そんなセッコロの背中を押すように、シリウスは優しげな声音でもう一言付け加える。


「わしの代わりに皆を守れ。わしなら大丈夫じゃ。こんな若造にやられるほど落ちぶれちゃおらん。必ず、また皆でこの村に帰ってこよう。だから、今は皆逃げてくれ」


シリウスのそんな言葉に、全ての迷いが消えた訳ではないが、自らの国王を信じてみようという気にはなった。セッコロは強く頷くと、シリウスに背を向けて皆に指示を出す。


「みんな、とにかく走って森を抜けよう。固まるよりバラバラになって逃げるんだ。とにかく後のことは助かってから考えよう。今は逃げて、生き延びることだけ考えるんだ」


青年の呼びかけに答えるように、皆が一斉に踵を返して森の方へと走って逃げ出した。逃げ出した国民たちを見た兵士たちが「追えっ」と動き出そうとした途端、兵士たちに突風が吹きつけ先へ進むのを拒んだ。そこには、右手を突き出したシリウスが立ちはだかっていた。


「いやあ、ホントに素晴らしい。その風を意のままに操る力、まさしく〈疾風〉。その歳になってもまだまだ衰えていなさそうですね。いやあ、ホントに楽しみだ」


突風を受けてもなお、オウルはその場から一歩も動いてはいなかった。そして逃げた国民たちなどどうでもいい、というように楽しそうに口を歪める。

兵長であると思われる、兵士のうちの一人の「撃てえ」という合図とともに何人かの兵士がシリウスめがけて銃を放った。しかし、その弾丸がシリウスに届くことはなかった。何か見えない壁に阻まれるように、その弾丸は宙に浮いたまま、止まったのだ。兵士の何人かは唖然としていた。しかしオウルは、


「何やってんだ。資質持ちに銃なんて効くはずねーだろ。まあ何人か新人を連れてきたし、資質持ちのことを知らないのがいても仕方がないか……。それにしても、魔導壁もちゃんと使えるしホントに衰えを感じませんね。……ああ、早く殺り合いたい」


ウズウズと体を震わせるオウルにシリウスは問いかける。


「なぜ、資質持ちのお主が、誰かに仕えるような真似をする。王になろうとは思わなかったのか?」


すぐに戦いを始めたいオウルは、そんな気がサラサラないシリウスに対して「はあっ……」と溜め息をつくと、あからさまに面倒くさそうな態度で答える。


「あんたもさっき言っただろ、俺は戦闘狂なんだ。戦争ができればそれでいい。俺にとって力こそが正義の、弱肉強食のグランパニアは天国だったのさ。キラの下にいればいつでも戦争ができる。こんなに良い世界はない……。本当にそう思った。もちろんキラにも戦いを挑んださ。でも、完敗だった。後にも先にも敗北はあの一度きり……。その後俺は軍の隊長に任命され、日夜戦争に明け暮れた。今が最高に楽しいんだよ。だから早く殺り合おうぜ」


そう言って足を地面に強く踏みつけると、地面から岩石でできた刃が数本シリウスの前に突き出てきた。シリウスの数センチ手前のところで岩石の刃は止まった。


「地の魔法を使えるのか。わしの知り合いにもそんな奴がおったの。懐かしいの、おまえさんとは比べものにならんようなやつじゃったが……」


昔を懐かしむように、目の前の岩石の刃を気にする様子もなく、シリウスは白髭をさすりながら言葉を紡ぐ。


「じいさんの思い出話に興味はねえよ。さっさとかかって来いよ」


オウルが手を下から上に振り上げるといくつもの岩の塊が浮き上がり、その手をオウルが振り下げると、岩塊はシリウスめがけて放たれた。しかし、その岩塊に向けるようにシリウスが手を前にかざすと、下から突き出していた岩の刃諸共、岩塊が切り刻まれたように粉々に砕け散る。


「今時の若造は本当にせっかちじゃの。心配せんでも、今ここでお前の命を刈り取ってやるわい」


シリウスもまた、先程までとは全く違った表情を浮かべて、オウルに対峙する。

そして、資質持ちどうしの戦争が始まった。



ルブールの方から大きな音がした。森が鳴いているかのようにざわざわと落ち着き無く木々が音を立てながら揺れている。その音がこれから起こる悲劇の前触れのようで、アカツキの不安を募らせていく。


「なんだよこれ、もう軍は村に着いたっていうのかよ」


果物が数個入った袋を握り締めアカツキは必死に森の中を走る。リルも後ろから必死に付いて来てはいるがかなり体力的に辛そうな感じだった。リルを置いて行こうかと何度も思ったが、今が異常事態なので、ここで離れるのは危険だと思い、なんとか速度を合わせている。


「リル、大丈夫か?もう少しだから頑張ってくれ。早くしないと、取り返しのつかないことになる。いや、もう既にやばいことになっているかもしれない……」


焦りが見えるアカツキの顔は汗だくで、それが走ったことによる汗なのか、村の心配をしての冷や汗なのかわからない状態になっていた。後ろを振り向きながら、こちらの心配をしてくるアカツキの顔が少し歪むのを見て、リルは申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになる。


「ごめんね、私の体力がないせいで迷惑かけてるよね。私を置いて行っても……」


弱音を吐き始めるリルの手をアカツキは強く握る。


「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。一刻も早く村に着かないと……。それにお前を置いていける訳ないだろ。ほら、早く行くぞ」


アカツキはリルの手を引いて走り出す。こんな鬼気迫った状況であるというのに、リルの頬は少し赤みを帯び、アカツキに握られた自らの右手を見つめていた。

村もあと少しといったところで、ルブールの方から誰かが走って来るのが見えた。


「リル、大丈夫だったの……?よかった、早くここから逃げましょう。今、ルブールが軍に襲われているの。アカツキくんも、ほら一緒に」


アカツキたちの元へと走ってきたのは、リルの母親と父親だった。やはり村にはもう軍が到着しているらしい。アカツキはとにかくシリウスが心配だったので、何を聞くよりも先に、シリウスの安否を尋ねる。


「リルの母さん、じいちゃんはどこにいるんですか?」


アカツキのその問いかけに対し、リルの母親は俯いて黙りこんでしまった。そして、何かに困惑したように顔を歪めながら重い口を開く。


「アカツキ君、国王様は今みんなを守るためにルブールに残って、一人で軍の人と戦っているの。でもそれもいつまでもつのかわからない…。だから、今は一緒に逃げましょう。国王様のためにも今は我慢して。ねっ」


アカツキは唖然とした。ルブールの皆は、じいちゃんを置いて逃げてきた……。彼らに怒りをぶつけるのは間違っている。そんなことは頭で理解している。でも、それでも、誰もじいちゃんを守ってはくれなかったのか……。

アカツキは奥歯を噛み締めると、リルの家族の静止を振り切り村へと向かって走り出した。「待って」という、リルの泣きそうな声が後ろから聞こえたが振り返ることはしなかった。


村からは轟音が鳴り響いている。きっとじいちゃんはまだ大丈夫なのだ。どうやって軍と一人で戦っているのかはわからないが、あそこから轟音が聞こえる限り、きっとじいちゃんは生きているのだろう。

一抹の希望を胸にアカツキは村に向かって走る。



優しき世界の終焉:3


村は廃墟と化していた。何本もの岩の刃が地面から突き出し、岩塊に押しつぶされるようにして、いくつかの家は倒壊していた。まるで、災害にでも巻き込まれたかのようなその光景にアカツキは目を見張った。この光景が人の手によるものであるとは思うことができなかった。

そんな、崩壊したルブールの中心には、シリウスが一人の男と対峙するかたちで睨み合っていた。


「じいちゃんっ」


シリウスの無事を確認するとアカツキは咄嗟にその名を叫んだ。不意に飛び込んできた声の元を確認するかのようにシリウスはアカツキの方へと視線を向ける。そして、その表情を焦りの色で満たしたシリウスは、目を見開きながらこちらに向かって叫ぶ。


「何をしているんじゃ、アカツキ。早く逃げんか。ここはもう戦場なんじゃ。今のお前に出来ることは何もない。早く逃げるんじゃ」


「でも……」


アカツキは正直、現状を正確に理解していたわけではない。戦争とはかけ離れた平和な生活をしていた彼には、目の前で起こっていることを理解する機会がなかった。そして今、自分が死に直面しているという自覚がなかった彼には、シリウスの言葉を理解することができなかった。しかし、軍の兵士たちがアカツキに銃口を向けたとき、自分が戦場にいることを少しは理解した。

そして、その銃口から弾丸が放たれたのは、アカツキが銃口を確認したすぐ後のことだった。逃げ切ることのできないことを悟ったアカツキは死を覚悟し、目を閉じた。だが、その銃弾がアカツキに届くことはなかった。

恐る恐る目を開くとアカツキの目の前にはシリウスが仁王立ちをするように立ちはだかっていた。シリウスの前には、先程放たれた銃弾が宙に浮いたまま止まっている。何が起こっているのか、アカツキにはさっぱり理解できなかった。


「アカツキ、大丈夫か?頼むから、ここから早く逃げてくれ。お前を守りながら戦うだけの力はもう残ってないんじゃよ。必ず後で迎えに行く。だから、今は逃げてくれ……」


先程とは違う、いつもの優しい笑顔を向けられ、アカツキは何も言葉を発することができないまま、シリウスに背を向けた。そして、おぼつかない足取りでふらつきながら、その場を後にした。


初めて感じた死の恐怖にアカツキは頭が真っ白になっていた。ただひとつの感情だけが頭の中を渦巻き、アカツキの心を押し潰そうとしていた。


恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い……。


戦争とは無縁だと思っていた。こんな、森の中で戦争なんて起きるはずがないと高をくくっていた。でも、それは幻想だった。戦争はいつも近くに潜んでいたのだ。自分たちが気づいていなかっただけで、多くの人たちが今自分が感じた恐怖と戦いながら日々を生きている。そのことに初めてアカツキは気付かされた。

そして死の恐怖に直面したとき、自分には何もすることができなかった。ただ、尻尾をまいて逃げることだけしかできなかった。

いくらかの距離を走ったところでアカツキは急にその歩みを止めた。戦場から距離を置いたことで少し落ち着きを取り戻し、一旦息を落ち着かせることにした。村から逃げ出してからの記憶がほとんどない。ただ必死にあの場から逃げることだけを考えていた。そして、自分がシリウスを置いて逃げ出したことに、今更ながら気づいた。


「じいちゃん……」


悔しかった。自分には何も出来なかった。逃げ出すことしかできなかった、自分の心の弱さに対する悔しさ。シリウスと一緒に戦うことができなかった自分の力の無さへの怒り。今更になり、後悔の念が押し寄せてきた。


「うぅっ……」


アカツキの頬を一筋の涙がこぼれ落ちた。自分には、ここですすり泣くことしかできない。誰かを救うことも、誰かを護ることもできない。

もっと力が欲しい、みんなを守れるような大きな力が……。あそこで逃げ出さなくて済む大きな力が……。

なんとなく、アカツキはあたりを見回した。そこに、何か意味があったわけではない。ただ衝動的なものだった。アカツキの目線の先には、大理石でできた扉があった。二メートルはあるだろう扉が……。

この森は何度も訪れている、いわば庭のような場所だったが、こんな扉を見た覚えは一度もない。確かに恐怖のあまり何も考えずに走ってきたが、森の大体の場所は見たことがあるはずだ。しかし、こんなものに見覚えはない。

アカツキは吸い込まれるようにその扉に近づいていった。そして、すっと右手を扉に近づけると、大きな扉にも係わらず、一切力を込めることなくその扉は開いた。アカツキは何も考えずにその扉の中へと入っていった。そう、まるで呼吸をするかのように無意識に……。

扉をくぐると、すぐに階段になっており、その足元を照らす明かりは所々にある松明だけ。螺旋状の階段を降り切ったところで、真直ぐな一本道が現れる。そこを数歩進むと、先ほどよりも大きないくつもの松明が、手前から奥へと順に火を灯し始める。その明るくなった一本道を見てアカツキは唖然とした。

道の両側には巨大な剣を携えた巨人たちの像が何体も並んでいた。巨人の像たちは剣を交えその一本道をアーチ状に囲っていた。アカツキはその道をただ真直ぐに歩き続けた。普段のアカツキならこの光景を見れば恐怖を覚えるだろうが、何故か今は何も感じることはなかった。

この先に何かがある。アカツキの頭の中にはそれだけしかなかった。

像が作り出すアーチ状の道を渡り終えると、大広間が顔を出す。その大広間の向こう側には、青銅で造られ、壁画のような多くの装飾をあしらわれた、五メートルはあろうかという巨大な扉が鎮座していた。そして、大広間の中心には一本の刀が鞘に収められたまま、台座の上に横に寝かされて置かれていた。

アカツキはその刀に吸い込まれるようにして近づいていった。一歩、また一歩と近づいていき、あと数歩で刀に触れられるといったところに到達したところで、異変は起こった。

先程まで火を灯していた松明は一斉に消え、大広間は暗闇に包まれた。そんな状況に、アカツキがあたりを見回していると、巨大な扉がギシギシと不気味な音を立てながらゆっくりと開き、暗闇に包まれた扉の向こう側から、血のような真紅の光を灯した十六の目が、アカツキを見下ろしていた。

扉が開き切り、扉の向こう側の存在がはっきりと認識できるようになる。巨大な胴体から伸びる八本の首に八つの頭。それらは童話の絵本で見た、竜のような形を模しており、光輝く十六の目の全てがアカツキへと視線を向ける。

怪物はアカツキに向かい、機械質で少しノイズがかった、いくつもの声が重なったような声でこう言った。


『汝、力を求めるか。汝、我に命を差し出す覚悟はあるか』


そんな怪物を見たアカツキは、何故か平然とその場に立っていた。先ほどの戦場よりも、余程現実味がなく、余程恐怖を覚えるような場面に向き合っているにもかかわらず、アカツキはその怪物をただ見据えていた。まるで恐怖心を失ったかのように。


『汝、力を求むのならば、その刃を引き抜かん。さすれば汝の命と引き換えに、我の力を与えん』


奪われていた思考や感情を取り戻したかのように、アカツキは怪物から投げかけられた問いに対して、考えを巡らせる。


力は欲しい。でも、あいつは命と引き換えにと言った。それは、俺が死ぬってことなのか……?そんなの……。いや、違う。じいちゃんはそれでも戦っていた。他のみんなを逃がすために命をかけて一人で戦っていた。自分の命が惜しいなんて言っていられない。俺には命をかけても守りたい人がいる。両親がいなくなった俺を引き取り、今まで育ててくれたじいちゃん。いつも、一緒に遊んだり、喧嘩したり、今日みたいに買い物に行ったりしてくれたリル。親のいないこんな俺にも優しくしてくれたルブールのみんな。俺はみんなを、命をかけても守りぬきたい。


目つきを鋭く尖らせて、口を歪ませてニヒルな笑みを浮かべると、台座の上に置いてある刀を手に取る。そして、アカツキは怪物に向き直り、勢い良く鞘から刀を引き抜きながら言い放った。


「わかった……、俺の命はくれてやる。その代わり、みんなを守れるだけの力を、今だけでいい、俺に貸してくれえええええええええええええっ」


その瞬間地面から紅蓮の炎が巻き上がりアカツキを包み込む。


「うおおおおおおおおおおおお」


その炎に耐えようとアカツキは叫び声を上げたのだが、すぐにその炎が熱くないことに気が付く。


「なんだこれ、熱くない……。どういうことだ?」


アカツキのその問いかけに答えるように怪物は告げる。

『それが汝に与えられた力。何者をも焼き尽くす地獄の業火』


「これが、俺の力……。俺に魔法が使えるってことか?」


『魔法……。確かに汝らの世界において、これは魔法と言えるだろう。そして、その力は汝を守り汝の敵を討つ。しかし忘れるな。時が来れば汝の命は我ものとなる。その時までの仮初の力だ』


アカツキは紅蓮の炎の中で、見ることのできない怪物に向けて力強く頷いた。


「ああ、わかってる。みんなを守れる力をくれたこと感謝するよ。その時が来るまでの間、お前の力、借り受ける」


そして、アカツキの言葉が終わるのを待っていたかのように炎は飛散し、視界が開けた。そこは先程までの大広間ではなく、アカツキがよく知る森の中だった。そして、先程と同じような轟音が、未だに鳴り響いている。それがアカツキにとっては唯一の希望だった。


「間に合ってくれ……。じいちゃんを誰にも殺らせはしない」


決意を新たに拳を握りしめた、アカツキは大切な人を護るために、一人村に向かって走り出す。



優しき世界の終焉:4


 

アカツキが走り去ったのを確認したシリウスは、倒れるようにして地面に膝を付いた。アカツキの場所まで距離があったため、シリウスは自分に風の魔法をかけて加速することで、アカツキの元まで銃弾より早く追いついた。しかし、自分に風の魔法を掛けていたせいで魔導壁の魔法を出すのが遅れ二、三発の銃弾を体に受けてしまった。そして、シリウスは吐血した。


「あらら、他人を守るために銃弾を受けるとは、俺に勝つ気あるんですか?それとも手負いでも俺に勝てるとでも」


オウルは嘲笑するように、膝をつくシリウスを見下ろしながら告げる。シリウスは歯噛みしながらも、オウルに顔を向けるときは笑ってみせた。


「ふん、手負いを言い訳にするほど戦争慣れしていないとでも思ったか。わしは、これでも戦乱を駆け抜けた〈疾風〉じゃぞ。今まで手負いでも何度も戦場で戦ってきたわい。今更手負いを言い訳にする気はありゃあせんよ」


しかし、これが強がりなのは一目瞭然だった。シリウスが戦乱を駆け抜けていたのは若かった頃の話。その後自らの国を離れ、戦争のない地で四人の資質持ちの子供たちに戦い方を教え、それも終わりを迎え、幾何かの時が経った頃、この村に来て息子から預かったアカツキを育てながら余生を過ごしていた。

正直なところ、銃弾を受けたシリウスは立っているのがやっとの状態だった。腹部からは先程の銃弾によって受けた傷から、血が滴り落ち、地面を赤く染める。息も上がっており、呼吸が落ち着いていないのはオウルも気が付いているだろう。


「まあ、ホントは現役のあんたと殺り合いたかったが、キラの命令だからここであんたを見逃す訳にはいかないんでね。面白くはありませんが、止めを刺させてもらいますよ」


すっ、とオウルが手を振り上げると巨大な岩塊がゆっくり宙に舞った。直径三メートルはあろうかという巨大な岩塊だった。それがオウルの頭上で静止すると、オウルは無表情のままシリウスへと別れの言葉を告げた。


「では、お疲れ様でした」


そして、オウルが手を振り下ろしたのと同時にその巨大な岩塊シリウスめがけて落下した。岩は地面に激突した衝撃で崩れ落ち、シリウスがいたその場所には巨大な岩の残骸が残っただけとなった。土埃が舞い上がり、瓦礫の中にシリウスの存在を確認することはできない。


「あっけなかったな。いくら昔帝国を落としかけた力の持ち主と言えど、老いには勝てなかったか……。お前ら、後の処分よろしく。だりいから、俺は帰るわ」


一仕事終えて帰ろうとしたオウルだったが、岩の残骸から妙な違和感を感じた。オウルが緊張の趣きで振り向くと、岩の残骸を吹き飛ばすように、瓦礫の中心から巨大な竜巻が巻き起こった。そして、身なりだけはボロボロになったシリウスが、そこには立っていた。ボロボロの服から見える生身の体は、腹部の弾痕を除けば、擦り傷すら見当たらなかった。


「若造、この程度でわしを殺せるとでも思ったか?えらく舐められたものだな」


そこに立っていたのは、まさに鬼といった形相をしたシリウスだ。竜巻の中心で髪を四方八方に波立たせながら、オウルを嘲笑し返すかのように口端を吊り上げシリウスの目はオウルを睨んでいた。

シリウスが右手をオウルに向けてかざすと、オウルを取り囲むように、周囲に何本もの竜巻が巻き起こる。その竜巻は、オウルを逃がさないように、ゆっくりとお互いの距離を詰めていく。逃げ場がない、という恐怖を刻みこむようにゆっくりと襲い掛かる竜巻は、風の刃となりオウルの身体に何本もの斬傷を刻んでいく。

その風が消える前に、風によって加速したシリウスはオウルに向かって突っ込んでいく。右手と左手を少し離れたところで構えると、そこに風が集約していき、鎌の形を模った。

それを目にしたオウルは地面から何本もの岩石の刃を突き出したが、全てシリウスの風の鎌によって切り裂かれ、粉々に砕かれた。いつの間にか、オウルを襲っていた竜巻は消えており、向かってくるシリウスが、オウルに肉迫しそうになる寸前で、オウルは巨大な岩壁を繰り出した。しかし、その岩壁すらもシリウスを一瞬止めることはできたとしても、シリウスの勢いを止めることは叶わなかった。

自分でも気付いてはいなかったが、オウルはいつの間にか言葉を失っていた。これまでどんなときでも、減らず口を叩いていたオウルがシリウスの覚醒により、命の危機を感じた。精神的にも、肉体的にも追い込まれたオウルは、戦いに集中し、如何にシリウスと戦うかだけが、頭の中を占めていた。

そして、そんな命の危機に追い詰められている彼は、無意識の内に笑みを浮かべていた。命を削りあうような戦闘を、キラと戦って以来久しぶりに繰り広げることができたオウルは、この戦闘を楽しんでいたのだ。

オウルは、シリウスから繰り出された鎌の一振りを何とか交わすと、一度距離をとって、体勢を建て直す。自分を満たしていく高揚感を確認すると、刻み込まれた恐怖をかなぐり捨てて、高揚感から来る勢いに任せて、もう一度シリウスに向かい合い、右手を振り上げる。


「そうだよ、そうこなくっちゃ面白くねえ。さあ、もっと戦争を楽しもうじゃねええええええか!!」


そう叫ぶと先程と同じように巨大な岩塊をもう一度シリウスに向けて放つ。しかし、今回はシリウスの風の鎌の前にあっさりと一刀両断されてしまった。先程と同じものを放ったはずなのに、それに対するシリウスの対処があまりにも違うことに、肝を冷やさずにはいられない。

そんな心境のオウルに向かって、シリウスは相変わらず余裕の顔つきでこちらを睨みつける。先程までの高揚感を押さえつけて、刻みつけられた恐怖が、再度顔を覗かせ始める。オウルは地面からいくつもの岩塊を生み出し、距離を取ながらシリウスに投げつける。

しかし、それらは一つ残らずシリウスの風の鎌によって切り刻まれた。巨大な鎌の姿を模した風を携えながら、シリウスはオウルに迫る。鎌を構えるその姿は人の形を模した死神とでも言うような相貌だった。

数十年前、シリウスは戦乱の中で最強と謳われた。帝国をも落とすと言われた最強の資質持ちは世界中に名を轟かせ、知らない者はいないほどの資質持ちとなった。しかし、ある時を忽然と戦場から姿を消した。その後、彼の情報は一切聞かなくなり、時が経つに連れ、彼のことを知る者は少なくなり、いつしか知る人ぞ知る伝説となっていた。

彼は数十年の時を経てなお、魔力を衰えさせること無く、オウルの前に立ちはだかっていた。いや、そうではない……。衰えてなお、これだけの魔力を保持しているのだ。

魔力の桁が違いすぎる、とオウルは感じた。こちらの攻撃は全てあの風の鎌の前に切り刻まれてしまう。最早、こちらのどの攻撃も、シリウスには届かないのではないかと感じ始めていた。


あれで、本当に手負いの老人か……。


オウルには珍しく、戦いの中で様々な思考を巡らせていた。キラと殺り合ったときの記憶がオウルに蘇る。どれだけ尽くしても、手が届かない強者への恐怖。あの時もキラに手も足も出なかった。あの時と同じように、自分より強いものに手も足も出ないのか……。そんな自分が悔しくなり、恐怖をかき消し自分を奮い立たせるようにオウルは叫んだ。


「うおおおおおおおおおお!!」


絶叫と共に自分の周囲に岩を巡らせ岩石の鎧を創りあげた。そして、迫りくるシリウスに向かい岩石で創りあげた大剣を携え、肉迫した。岩石の大剣と風の鎌がぶつかり合い周囲に凄まじい衝撃が走った。

お互いが額をぶつけ合い、魔力の限りぶつかり合う。純粋な魔力とのぶつかり合いでは、その者が持つ魔力だけが勝負を決する要因だ。お互いの武器を打ち合わせ続ける中、遂にシリウスの風の鎌によりオウルの岩石の大剣に少しずつひび割れ始めた。オウルの体験は岩肌を少しずつ削り取られ、着々と痩せ細っていく。それに対して、シリウスの鎌は一切姿を変える様子がない。オウルの額を一筋に滴が流れ落ちる。最早、決着がつくのも時間の問題だと、自分でもわかっていた。

そして、雌雄は決した。



最早、諦め始めていたオウルの鼓膜を震わせたのは、一発の銃声だった。周囲の兵士の内の一人がシリウスに向け銃弾を放ったのだ。普段なら、銃弾などシリウスにとって何とも無い攻撃である。

だが、今は銃弾を数発受けた体で、強力な資質持ちを相手に肉迫している状況だった。シリウスにその銃弾に割く魔力は残っていなかった。その銃弾はシリウスの後頭部を打ち抜き、その瞬間シリウスがまとっていた風は消え失せシリウスは地面へと伏した。

オウルも何が起こったのかすぐには理解することができなかった。オウル自身、戦闘に集中するあまり、周囲の兵士たちの存在を忘れ去っていた。意識の外から撃ち込まれた一発の弾丸によって目の前の敵が呆気なく倒れたのだ。

自分が死を覚悟したにもかかわらず、予想だにしない形で、戦争は終結した。しかも、他者の手によって……。普段なら、自分の獲物を獲ったものをオウルは決して許しはしない。だが、状況が状況なだけにそんな考えに至ることは無かった。

オウルはその場に立ち竦みシリウスを眺めた。口を何度か開閉するがそこから言葉が紡がれることは無い。しかし、幾時か経った後、オウルは何かを悟ったかのように言葉を発した。


「俺は疲れた、後は頼む」


空を仰ぎ見るような格好で発せられたその言葉はどこか寂しげで、しかし、どこか安堵を覚える声音だった。そのまま後ろを振り向き、今までのオウルからは考えられない静かな様子で、その場を後にした。


オウルとシリウスの戦争は終戦を迎えた。戦争において過程などは存在しない。何があろうとも、生き残ったものが勝利なのだ。たとえそれが一対一での戦争と思っていたところに横槍を入れられようとも。この戦争はオウルの勝利という形で幕を閉じた。それが誰もが納得しない形であったとしても……。



オウルの離脱によりさらなる静けさを漂わせる戦場に、一人の少年が走り込んできた。そして、少年はその惨状を見て目を見張った。



優しき世界の終焉:5


 ただひたすらにアカツキは村を目指していた。シリウスが死ぬ前に間に合ってくれと……。だが、ルブールに着く直前で先程まで鳴り響いていた轟音が消えた。嫌な予感がアカツキに襲い掛かる。

轟音だけを唯一の希望に、アカツキは走り続けた。その轟音が、到着する直前で止んだ。だが、迷っていても何も始まらない。アカツキはただひたすらにルブールを目指しひた走る。

 

木々を掻き分け到着したアカツキは、その光景に目を疑った。ルブールは跡形もなく崩れ落ち、瓦礫の山のその先にシリウスが地面に伏して倒れていた。そこには、血溜まりができており、シリウスのボロボロの衣服は真っ赤に染め上げられていた。

 

轟音が消えた時点で予期していた光景。しかし、それでもアカツキは受け入れることができなかった。目の前の光景に、ただ恐怖し絶叫した。


「ああああああああああああああ!!」


そして、ぷつんといった破裂音とともに、アカツキの記憶は吹き飛んだ。


そこから先、自分が何をしたのか覚えていない。気がついたときには、目の前に十数体の死体の山があった。辺りには焼き焦げた後がそこかしこに残っており、死体から出る血液で血の海が出来上がっていた。

正気のアカツキならこんな光景を見た時点で逃げ出すか、嘔吐して動けなくなるか、気絶するかのどれかだっただろう。しかし、今のアカツキにその光景を受け入れることの出来る余裕は、最早なかった。

ただ、目の前のシリウスの死体に吸い込まれるように、村の中央部へと歩いて行った。シリウスの目の前に到着するとそこに出来上がった血の池に構うことなく、地面に膝をつき、そしてシリウスを抱き上げ、泣いた……。


「うぅっ……、うっ、うわあああああああああ……」


シリウスを抱き上げ、その体の冷たさ、軽さ、そして大量に付着した血液を実感することで、アカツキは初めてシリウスの死を理解した。結局自分は何も守れなかったのだ。結局自分は一番大切な人を置いて逃げ出したのだ。その結果がこれだ。

きっと、あの場に自分が残っていたところで何もできなかっただろう。それでも、大切な人を見殺しにしたという、後悔の念はアカツキから消えることはなかった。どれだけ悔やんでも悔やみきれない思いが、涙となって零れ落ちていく。

涙はシリウスの頬へと滴り落ち、そのまま地面まで到達した滴は、まだ固まることのない、生々しい血だまりに到達し、四方に波を立てて広がっていく。一粒、また一粒と、まるでアカツキの悲しみを如実に表すかのように、広がっていった。

やがて空に昇っていた陽が沈み、夜の帳が訪れていた。アカツキは一晩中泣き続けた。どこにもぶつけることのできない思いを、自らの涙に乗せて、枯れるまで泣き続けた。そして、涙も出なくなったアカツキは、固まってしまった血のベッドにゆっくりとシリウスを寝かせて、天を見上げながら瞬く星々を、無感情のまま眺め続けた。


少年の世界はたった一日で壊れてしまった。少年はこの日何が起きたのか、ほとんど思い出すことはできないだろう。あまりにも現実味を帯びていない衝撃的な光景の数々に少年の記憶はきっと追いつかなかったに違いない。これから少年が思い出せるのは、優しい笑みを浮かべるような、大切な人の安らかな死に顔だけであろう。それだけが、唯一彼の心を落ち着かせるものだったから。

平和だった少年の世界。平和だと信じていた少年の世界。しかしそれは、たった一日にして、大切な人の死をもって崩壊した。自分とはかけ離れた戦争という世界。否、自分とはかけ離れていると思っていた戦争という世界。少年の幻想はこの日、完全に崩壊した。



それから二日後、ルブールに住人たちが戻ってくることはなかった。ルブールは完全に倒壊しており、原型をとどめていなかったので、アカツキは死体の焼却も兼ねて全て燃やした。

正気に戻ってから死体の山を見たときには結局嘔吐し、長い間動けなくなりはしたが、このまま放って置くわけにもいかなかった。なんとか慣れてきた頃、自分の力を使い、火葬し埋葬した。人の死、というものに少しずつ慣れつつある自分に、アカツキは少しだけ驚愕を覚えた。

シリウスもかなり抵抗はあったが、火葬し埋葬した。そして自分たちの家の木片から墓を作り、その地面の下に埋葬した。シリウスに頼まれて、袋に詰め込まれたまま途中まで持ってきていた果物をわざわざ見つけ出し、それを供えアカツキは黙祷した。その果物がシリウスとの最後の約束だったから、どうしてもこれを供えておきたかった。


「じいちゃん、俺行くよ。この力がいつまで使えるかわからない。それでも、これ以上俺と同じ思いをする人を増やしたくないんだ。きっと、今でも俺と同じ思いをして泣いている人がたくさんいるんだと思う。だから俺は、この世界を変える。戦争のない、誰も苦しまない世界に……。そんなの理想論だってのはわかってる。でも、自分に何ができるのか確かめたいんだ。じいちゃんは命をかけてみんなを救ってくれた。だから、次は俺の番だ。俺がきっと……、うっ……、世界をっ……、変えでみぜるよ……」


途中から涙が溢れて止まらなかった。シリウスが死んだあの日、あれだけ泣いたにも関わらず……。最後はちゃんと言葉になったのかわからない。それでもシリウスに伝えたかったことはちゃんと伝えられた気がする。

その言葉を言い終えた瞬間、シリウスとの記憶が走馬灯のように流れた気がした。今まで本当にいろいろなことがあった。生まれてから十数年、いつもシリウスと一緒にいた。泣くときも、笑う時も、いつも近くにいたのは祖父であるシリウスだった。男手一つで自分を育ててくれた日々は、感謝してもしきれない。

自分の一番大切だった人。もう、会うことのできない大切な人。シリウスの前では泣かないと昨日決めたのに、涙が溢れて止まらない。

そんなアカツキの心の中に、どこからか声が聞こえたような気がした。聞き慣れた、懐かしい声が……。


『行っておいで……』


どこにもその姿はない。でも確実に聞こえた懐かしいその声。もう聞くことのできないはずだったその声。アカツキは空を見上げそして大きく頷いた。墓の下に眠る大切な人に、自らの決意を伝えるために……。


「行ってきます」


涙を拭い、精一杯の笑顔を作る。もう涙は溢れてこなかった。俯いたままシリウスの墓に背を向けて一度立ち止まり、ゆっくりとその顔を上げる。その表情に、最早迷いはない。強く輝きを増した眼差しは、ただ真っ直ぐにこれから進む先へと向けられていた。

アカツキは歩き出す。先の知れない未来へと……。大切な人に別れを告げて……。



グランパニア城王宮にて、ひとつの会話がなされた。そこには、オウルが王座に座る者の前にだらしなく立っていた。


「キラ、今戻った。兵の奴らから情報はいっていると思うが、シリウスは排除した。お前の命令通りな」


頭を掻きながら、グランパニア王キラに向かってオウルは告げる。王座に座り込んだキラはオウルに向かって質問を投げかける。


「オウル、シリウスは本当に排除したんだな」


キラの質問にオウルが不信感を抱きながら問い返す。


「そりゃ、後頭部に弾丸ぶち込まれて生きている奴がいたら、そいつは人間じゃねえ。化物だ。資質持ちだって、元を辿れば人間だ。シリウスは確実に死んだ。疑いようもなくな」


「ふむ……」といった様子で訝しげな表情を浮かべながらキラは頷いた。そして、オウルが予想だにしなかった事実がキラの口から告げられた。


「オウル……。軍の兵は誰一人として帰ってきていない。連絡も完全に途絶えた。おそらく、軍は壊滅した」


キラから告げられた言葉をオウルはどう受け取っていいのかわからなかった。それは、他の国で襲われたのか、そもそもルブールから帰ってきていないのか……。しかし、少し考えれば、わざわざグランパニア直属の軍に手を出す輩など、そうはいないのだ。オウルの口許が歪み、怪訝な表情を浮かべながら問い返した。


「ちょっと待て、俺はシリウスの死を確認したぞ。それとも、一度死んだ人間が、また生き返ったとでも言うのかよ……」


焦りでまくしたてるような口調になってしまっていることにオウルは気付かない。そんなオウルをなだめるように、落ち着いた声音でキラは答える。


「まあ、落ち着け。お前が、シリウスの死を確認したのなら、それはそれで間違いないのだろう。シリウスは死んだ。死んだ人間が生き返ることはない。だが、兵士たちが帰ってきていないのもまた事実……」


何か含みがあるようにキラはオウルに告げる。


「じゃあ、なんだ……、あの村にもうひとり資質持ちがいたとでもいうのか……」


オウルは唖然とした。もし、あの場に、シリウスとそのもうひとりの資質持ちがいたとするのなら、殺されていたのは自分だったかもしれない。いや、間違いなく自分だっただろう。そう考えるとオウルは冷や汗が溢れ出し、握り拳の内側に湿り気を覚える。

そして、シリウスを殺したことで、残りの全てを兵士たちに任せた自分にも責任がある、と考えているのを見透かすかのようにキラはオウルに告げる。


「お前の予想通りでほぼ間違いはないだろう。シリウスは死んだ。俺がお前に与えた命令はそこまでだ。それ以降のことでお前にとやかく言う気はない。軍の壊滅は奴らが弱かったことが原因だ。俺たちの掟は弱肉強食。死んだやつが敗者、生き残った奴が勝者。だから、お前が兵士たちのことを気に止む必要はない。奴らが弱かったから死んだ。それだけのことだ」


キラは、淡々と無感情な声音でオウルに責任はないと告げる。弱肉強食こそがこの国の掟。オウルにもそれはわかっていた。だから、ここでわざわざ後悔の言葉を告げることに、何の意味もない。


「そうだな。気にしていても仕方がない。俺は帰って少し休むわ」


そう言って、いつものやる気のない顔つきに戻ると手を上げてキラに背を向け歩き出した。


「あぁ。ご苦労だった」


キラはオウルに労いの言葉をかけ、オウルが部屋を出て静けさに包まれた部屋の中で、天井を見上げながら何かを思い出すように、ボソッと呟いた。


「お疲れ、オヤジ……」


静けさに満たされた部屋の中で、自らの言葉が反芻し、嫌に大きく聞こえてきた気がしたが、特に気にする様子もなく、キラは王座に備え付けられた肘置きに肘をつき、ゆっくりと瞼を閉じた。


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