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【連載小説】僕の彼女はチベットスナギツネ

【連載小説】僕の彼女はチベットスナギツネ



『デビュー前の“作家の卵”の方々の作品を先取りして、日々の読書を楽しもう』

をコンセプトに、様々なジャンルの小説の冒頭5話を掲載しています!

面白い作品や気に入った作家を見つけて、作家デビューまで応援しよう!

本ページの最後に作家様のリンクを設けてあるので、足を運んでみてください。


連載小説の第4弾は...

『僕の彼女はチベットスナギツネ』 玉藻稲荷&土鍋ご飯

感想やこの小説の続きはページ下のリンクよりお進みください。


≪目次≫

第一話「スナコさん、嗚呼スナコさん」

第二話「洋画はお好きですか?」

第三話「スナギツネは眠らない」

第四話「おいでよキツネの盛」

第五話「油揚げ戦線異状なし」

◇お願い◇



第一話「スナコさん、嗚呼スナコさん」


 縄張り意識が低く、標高の高い荒れ地や草原に巣穴を作って住む。

その顔の特異さは、外敵をおどろかせる為のもののはずなのに、人間から見たら何だか渇いたサラリーマンの哀切の顔に見えて仕方がない。

CMにも出てしまったチベットスナギツネ……それが今、僕の目の前にいた。

ただし人間の女の子になって。


「そうか。そういう風に捉えられていたか」


 一切表情筋を動かさない彼女は、確かにチベットスナギツネの片鱗がある。

顔は四角めと言われれば四角いし、哀切の顔……というよりも、何だか無表情だ。

髪の毛の上から左右に向けてにょこっと狐耳らしきものが生えてなければ、ただの無愛想な女の子にしか見えない。


「人間の縄張りは面倒だな」


 彼女はそう言って、疲れた様に息を吐く。

でもやっぱり表情は変わらない。

そして何故か帰らない。

一人暮らしのワンルームの部屋は狭い。

その中に男女がいたら意識してしまうじゃないか。

彼女は一切意識していなさそうな冷静な表情だけれども。


「でも……何で狭い我が家に来たんですか」

「敬語は止してくれ。同じサークルの仲間、いわば同じ縄張りの者じゃないか」


 確かに同じサークルだけど話した事も無いのに、飲み会の後について来るなんて、本当に縄張り意識低いですよスナコさん。

誘ったとはいえ、本当についてきてびっくりですよ。


「名前で呼ばれると少し照れるな」


 いや、全然見た目から分からないっす。

ピクリとも動いてないっすよ。

あ、コップの水をクピクピ飲んでるの、何だか可愛い。


「しかし、本当に人間の縄張りとは面倒だ」


 どうやらサークル内の女子会に疲れているらしい。

確かにあれは男から見ても華やかというより【かしましい】って感じだ。

内部にいて馴染めないときついだろうな……。

こう見えて、まさに彼女はチベットスナギツネらしく疲れた顔をしているのかもしれない(失礼な話だけど)。

 飲み会の最後の辺りに、何だか辛そうに見えて思わず声をかけたら、そのまま家までなし崩し的に来てしまう位だし。

 孤影悄然こえいしょうぜんという言葉が頭に浮かぶ。

確か一人ぼっちで寂しい様を表すとか、この前何かで見た気がする。

その言葉通りなのかもしれない。

と、ちょっとだけ学生っぽい事を脳内で考えつつ、スナコさんを慰めたいとか元気づけたいと思ってる自分がいる。


――ああ、つまり僕は


「スナコさんに好意を持っていると」


 思わず声に出てしまった言葉にハッとするけど、もう遅い。

細目でじーっとこっちを見ているスナコさん。

これじゃあ、下心ありありの他の男子と変わらないし、カッコつかないじゃないか。

そんな僕を見て、スナコさんは

 そう、そんなスナコさんはコップを置くと、ほんの少しだけはにかむ様に笑ったのだった。


「行為は駄目だが、ツガイになるか」


――やっぱりどこかズレてるよ! スナコさーん!


 こうして、僕にチベットスナギツネの彼女が出来たのでした。



第二話「洋画はお好きですか?」


 前略、お袋様。

僕にも彼女が出来ました。

 そんな彼女に一緒に映画が見たいと言われたら、喜ばないはずが無いですよね。

でも、映画は見るものであって、自分が登場人物になるものじゃないと思うんです、はい。


「何をぶつぶつ言っている」


 スナコさんが横目で僕に突っ込みを入れてくる。

うん、相変わらずスナコさんは冷静でいいよね。

僕は冷静と情熱の間じゃなくて、もうフルスロットルな頭になっちゃってるよ!


「喋ると舌を噛むぞ」


 ダークスーツにサングラス、欠片も笑いを含まない声が運転席から注意を促す。

その直後に車体が斜めになったかと思うと、左側の二つのタイヤだけで走るというアクロバティックな事になった。

後部座席で僕が左側、つまり下側なので、スナコさんを抱き止める形だ。

――こんな状態じゃなかったら嬉しかったな。

つまり、どういう状態かと言うと……


「待つんダギャー! ふざけるんじゃないダギャー!」


 何かの喚き声とともに、発射音が聞こえて来る。

――うん。怖いなぁ。現実って怖いなぁ!



   **********



 大学の講義が終わった後、お昼を一緒に食べたいとスナコさんに連絡を取る。

彼女も一応文明の利器を持っている。

そうガラパゴス携帯ことガラケーさんだ。

この間、静かな表情で物凄く僕に自慢してくれた。

 同じ大学にいても中々会うのは難しい。

いや、勿論突然会う事もある。

スナコさん目立つし、気付くといつの間にか何かの団体に混ぜ込まれてる。

――流石縄張り意識が低い。

ともかく、学食でいいかなと食堂へ向かっていたら、スナコさんからメールが。


「ご飯は家で

今日は映画

お昼の映画ショウで【運び屋さん3】」


 スナコさん意外と映画が好きなんだ。

それよりも我が家に来るという事は手料理とか期待していいのかな。

いいよね。

 

 ――そう思っていたんです、この時は。



 スナコさんと落ち合った後に我が家へ。

買い物してからかと思ったら、持っていた背中のリュックから、カーキ色の袋がドサドサと出てくる。

なんだこれ、自衛隊とかで採用されてそうなパックだ。


「戦闘料食AとB。乾パンでもいいがどれがいい?」


 ――レーション系来たよ。マジですか……。

手料理とか以前にミリ飯(ミリタリーご飯)だった。

逆に新鮮だ。


 こうしてお湯を沸かし、袋を温めるだけでご飯がお手軽簡単に済んでしまった。

哀しいような美味しいような。

 さて【運び屋さん3】を視聴しようとテレビをつけたら、スナコさんの携帯電話が鳴り始めた。

若干イラッとした感じで携帯電話を見つめた後に、電話に出るスナコさん。

と、背筋が伸びて僕に目配せをする。

何だろう?


「分かった。直ぐに支度する」



   **********



 映画を楽しみにしていたはずなのに、スナコさんに連れられて何故か外へ。


「スナコさん【運び屋さん3】見ないの?」

「実は一度見た事はある。今回はDVD版と吹き替えが違う」


 かなりのこだわりがあった。

確かに吹き替えの声優さんが違うとか色々あるよね。

そんな事を話していると、角から走り込んでくる外国車。

それが僕達の前で音を立てて華麗に急停車する。


「乗れ」

「え、あの」


 スナコさんに手を引かれ、黒塗りの車に連れ込まれる。

誘拐……とは違うと思いたいけど、なんだこれ。


「えっと……」

「ルールその1。質問は無しだ」

「兄よ」


 質問しようと思った解答が隣から来る。

――おぉ、お兄様がいらしたのですか。

 しかし、バックミラー越しに見えるサングラスにスキンヘッド、日に焼けた四角い顔は確かにスナコさんよりもチベットスナギツネな気配がする。

あと、何か【俺の後ろに立つんじゃねぇ】という雰囲気も漂う。

はっきり言ってコワイ。


「ルールその2。理由を聞くな」

「運ぶのよ」


 何をなんだ。

しかも聞いちゃいけないのか。

僕の脳内が疑問で渦巻く中、車が発車した。



   **********



 お兄さんは時折左手に嵌めた時計を確認しつつ、住宅街を凄い勢いで爆走する。

シートベルトを装着してないと危険だ。

――むしろ危険は別の所にあった。


「来たか」


お兄さんが呟くと同時に、車のガラスに何かが当たる音が。

振り向くと黒塗りの車が追走してきていて、身体を乗り出して喚きながら黒光りする金属ぽい物から何かを発射している。

――僕知ってる。あれ銃って言うんだよ。

 左右に車を振りながらお兄さんは住宅街から大通りへ。

さらに山の中の道を爆進していく。

追いかけてくる車は何だかさっきよりも増えている気がする。

 アクション映画みたいな片輪走行。

ジャンプして別の車の上を飛ぶ。

窓から鉄の玉を地面に流すのを手伝わされたり、スナコさんのシートベルトを緩めたりと、そんなこんなありました。

 山を越え、谷を越え、ようやく僕らの街に帰って来たよ。

もう後ろに車は見えない。

ようやくデスロードは終わりを迎えた。

途中嬉し恥ずかしハプニングっぽいのもあったけれど、僕は疲れたよパトラッシー。

 フラフラしながら車を降りると、お兄さんはトランクからジェラルミンのスーツケースを取り出して歩き始める。

スナコさんもついていくので、僕もどうにかついていく。

二人とも一切ふらついてないのが凄い。

そして、怪しく寂れた廃工場らしき場所で黒ずくめの男たちが待っていた。


「時間通りだな。流石だ」

「ルールその3。時間は厳守」


 スーツケースを渡すお兄さん。


「うむ……。上物だ」


 そう言って中身をチラリと確認した相手は、取引完了とばかりに、かなり厚めの封筒をお兄さんに手渡す。

振り返りもせずに、僕らはそこを後にした。



   **********



 聞いちゃいけないと言われつつ、僕は録画した【運び屋さん3】を見ながら、後日スナコさんに尋ねていた。

しかし、この【運び屋さん3】の展開、凄く既視感がある。


「あれか。末端価格で【千】はくだらないものだ」


 あの時の取り分として渡された結構な額は、僕の家の冷蔵庫でお高い海外のアイスの業務用サイズに変わっている。

それをスプーンでもっくもく食べながら真顔で説明してくれるスナコさん。

――やっぱりあれは危ないブツだったのか。

白いお粉で、片栗粉みたいなさらり感のあれですか。


「いや、油揚げだ」


 チベットでも、油揚げは大人気らしい……。

ナンテコッタ



第三話「スナギツネは眠らない」


「南南西の風、風力5。1013ヘクトパスカル」


 樹の上に寝そべったスナコさんから報告が入る。

気圧までは情報として必要ない気が。

――というか、何でそこまで分かるんだろう。

これが野生の力か。

あ、頭の上の耳がモフッと動いた。


「いたぞ。10時方向に2名」


 本当に張り切ってるスナコさん。

さすが狩人、さすがスナギツネ。

みるみるうちに相手が狙撃されていく……。



   **********



「サバイルバルゲーム大会?」

「ああ。そこに貼り出してあった」


 

 講義も終わり図書室へ。

そこで勉強している僕と黙々と本を読むスナコさん。

無表情でページをめくる様は、絵になるんだか、ならないんだか。

突然話し掛けて来たと思ったらイベントのお話。

――しかしサバゲーさんか。

興味はあるけど、未経験だから大会なんて自信ないなぁ。

しかも主宰のサバゲー部は結構な猛者だと聞くし。


「大丈夫だ。私に任せろ」


 無茶苦茶自信満々なスナコさん。

短い尻尾まで膨らんでる。

 という訳で大会当日。

迷彩Tシャツと、カーキ色っぽいズボンで会場に向かった僕の前に現れたのは、砂漠迷彩カラーで準備体操に余念の無いスナコさんだった。


「いいか。一発で一人倒す。基本だ」


 ハイレベル過ぎる基本だ……。

 会場でサバゲ部の用意してくれた銃を適当に身繕っている僕と違い、明らかに本気仕様のスナイパーライフルを組み立てているスナコさん。

 何チームかに分かれ、わらわらと大会が始まる。

僕はスナコさんと一緒に身を隠して狙撃に良さそうな場所を探してうろつく。


「うむ。ここだな」


 何かに納得したスナコさんは、真顔で僕を振り返ると肩車をせがむ。

木登りは苦手らしい。

やたら軽いスナコさんを樹の上へと持ち上げる。

短めの尻尾が担ぐ時に僕の顔をもてあそぶ。

――すっごいチクチクする。

結構ゴワゴワする。

気持ちいい……のかもしれない。

 そして一仕事終えた僕は樹の下の茂みの中へ。

しばらくすると、何かが近付く気配。

葉っぱの隙間から覗くと、敵対チームの証の青スカーフを腕に巻いた迷彩服姿のガタイのいいスキンヘッドでサングラスの――っておぉい! あれスナコさんのお兄さ

 パンっと渇いた音を立ててプラスチック製の弾が撃ち出される。

ほぼ同時に、フンッという吐息とともにお兄さんが素手で弾を掴む。

何この達人の戦い、怖い……。


<ピピーッ ゼッケン8番アウトです 休憩所へ戻って下さい>


 アナウンスが入る。

何故だ、俺は止めたぞ。

俺のルールでは死んではいない……等という言葉とともに、スナコ兄はあっという間に連れ去られていった。


「スナコさん、あれお兄さんじゃ……」

「問題ない」

「いやでも」

「問題ない」


 戦いとは冷酷だった。



 近付いて来た相手に一発撃って確実に倒す。

スナイパーは居場所を把握されてはいけない……とお昼の映画ショウで見た。

 という訳で、撃つ度に別の樹に移動する。

そうやって何度目かの移動をしている時だった。

木登りの途中でガサガサと葉を掻き分ける音と人の気配。

茂みは少し離れていて、二人共とっさに隠れる場所も無い。

――ヤバイ! 撃たれる!

 と、スナコさんが腕を振ると、突然魔法の様に目の前に段ボールが現れた!


「早く中へ」


 え、なんで段ボール!? どこから出したの! そんなツッコミを口にする間も無く段ボールに飲み込まれる。

ドラッグストアのトイレットペーパー用の段ボールみたいに巨大だ。

二人だと流石に密着率が高い。

 いやいや、こればれるってバレルって絶対! あぁぁ撃たれるー!


――ガサガサガサガサ


「ん……なんだ?」


 ザクザクザクザクと近付く足音。


「なんだ、段ボールか」


――ザッザッザッ


 音は離れていった。……マジか。

 その後も、段ボール以外は似た様な流れを繰返し、気付けば敵対チームは全滅し、僕らのチームが勝ちとなった。

……正直スナコさん一人だけでも勝てたんじゃないかな。



   **********



「まさか……、本当に優勝しちゃうなんて…」

「私に任せろと言ったではないか」


 口元が少し笑っているよスナコさん。

表彰式で個人でも何か賞を貰っていた。

いや本当に凄い。

 と、会場の森から帰ろうと歩き出した時、近くの茂みがガサリと動いて中からウサギが飛び出して来た。


「先に帰宅してくれ。後日連絡する」

「え、ちょっと待ってスナコさん!?」


 突然スナコさんはそう言うと、凄まじい速さでウサギに突っ込んで行った。

気付いたウサギが全力で森の奥へ。

スナコさんもあっという間に消えてしまった。

気付くと真横に気配が。


「あ、お兄さん」


 スナコ兄は無言無音で茂みに入り、スナコさんの後を追っていった。


「なんなの、一体……」



   **********



――翌日


「昨日は感謝

手料理をご馳走したい」


 と、スナコさんからメールが。

そわそわしながら家で待っていると何やら大きな袋を持ったスナコさん到着。

玄関からそのままキッチンに向かいこもり始める。

大分経ってから何やらよい香りが部屋中に漂い始めた。


「熱いうちに食べてくれ」

「これは……」


 美味しそうなパイが、でーんとテーブルの上に鎮座ましましている。

早速切り分けて頂く。

うん、無茶苦茶美味しい。

具のお肉に癖がなくジューシー。

初めて食べる感じだけど何のお肉だろ。


「獲物だ」


 あぁ……、ピーーターのお父さんかぁ…。



第四話「おいでよキツネの盛」


 スナコさんの耳が動き、室内に緊張が走る。


「2名」

 スナコさんの静かな声に、周りが速やかに待機する。


 ――ペタペタ、ペタペタ……ピタリ。ガラッ


「いらっしゃいませ! 〈きつねむら〉へようこそ!」

 どう見ても軍服な格好をしたメンバーが、一矢乱れずに一斉に声を合わせた。

――どうしてこうなった。

どうして、こうなった……。



   **********



くらキングキツネ村を真似しようぜ~」

 という部長の超絶適当な言葉により、文化祭の我がサークルの出し物が決まってしまった。

狐をどこから連れてくるのか、そもそも成り立つのか……。

そう立ち上がって反論しようとした僕を制してスナコさんが軽やかに立ち上がる。


「私にいい考えがある」

 ――あ、これダメなやつだ。

フラグ立った。

僕は心の中で白旗を用意した。


「で……。スナコさん、どうするの?」

 あれからスナコさんは、自慢のガラケーであちこちに連絡をしている。

たまにはルート変更をとか、いつも手伝いをしているだろうとか聞こえてくる。

 用意しておいた珈琲がぬるくなって来た頃、溜め息とともに電話を切ったスナコさん。

疲れた雰囲気ながらも、やりきった気配を出すと珈琲を一気に飲み干した。

――あ、砂糖とミルク入れてないよスナコさん。

 案の定、耳と尻尾が力無く垂れ下がった。



   **********



 ツッコミどころ満載の衣装が用意され、必要なのか全く分からない練習という名の【訓練】が行われる。

普段やりもしないランニング5キロや筋肉トレーニング、発声練習……etc……。

僅かな間に僕らはビクトリーした。


「いいか。怪しい動きには気を配れ。目線に手さばき。人には必ず兆候がある」

「イエス、マム!」

 スナコさんの号令一下、サークルの面々が敬礼しながら低い声で叫ぶ。

――ここは一体、何サークルなんだろう……。

僕らのサークルが使う場所は、簡単なコンロがあり軽食が作れる位の調理台がある。

室内には幾つかのテーブルが配置され、足元には人工芝が敷かれている。

一応……入口のドアの外には


《ようこそ~ きつねむらへ~ ヽ( ̄▽ ̄)ノ》


 ……と、ポップな文体で看板が用意がされているけど、最早何かの罠にしか見えない。


「よいか。我々ふぉっくす舞台は押し寄せる相手をもてなさねばならぬ」

「イエス、マム!」

 そんなこんなで幕は開けた。

 その前に、そもそも〈きつねむら〉と名乗ってるのに、肝心の狐がスナコさん一人(一匹?)しかいないのはどうするのか。

 と思っていたら、僕のスマホに知らない番号から連絡が。


「えっと、どなたでしょ……」

「俺だ」

 ――あぁ……。

この声はスナコ兄だ……。

いつの間に僕の番号を……。

 手伝いが欲しいから駐車場まで来て欲しいとの事で、スナコさんにその旨断って駐車場へ。

 怪しいカーキ色の車体のトラックが止まっている。

近付くとお兄さんが出てきて、無言でトラックの荷台を開ける。


「うわぁ……」

 トラックの中には、天然の芝が敷かれ、あちこちに柔らかそうなクッションが完備。

中からは外が見える様にガラスが張られ、程よく湿り気を帯びた爽やかな空気が漏れ出る。

――何この快適仕様。

絶対僕の部屋より住環境強い。

 そして、そこでのんびりしていたのは大量の狐!

 トラックが開いた事で到着した事に気付いた狐達は、お兄さんがおもむろに取り出した旗の元に並んでぞろぞろとついていく。

――スナコさんといい、どこに隠してるんだろうこの兄妹は。


「俺だ」

 入口でお兄さんが名乗り狐達が部屋に飲み込まれ、こうして〈きつねむら〉の用意は整った。



   **********



 学内でも結構はずれにあるはずの我がサークルの部室。

しかし、ひっきりなしにお客がやって来る。

――何か騙されているんじゃなかろうか。

たぶらかされているんじゃなかろうか。


「あ、すいませ~ん。珈琲3つ」

「承知した」

 みんなスナコさんみたいな喋り方になっている。

注文受けが終わると、暗号電文みたいに高速で伝わる。

簡易型の調理台のはずなのに手際よく珈琲が用意され、どうみてもレーションなミリ飯が一手間加えて美味しそうに盛り付けされる。

――やだ……僕がこの前食べたのより美味しそう。

 お客さんは食べたり飲んだりしながら、別料金で狐達にブラッシングしたり、餌付けも出来る。

どうなるかと思ってたけど中々好評みたいだ。

料理や飲物の遅れも無いし、有料で貸し出しているブラシも常に待ちが出る位に人気だ。

 と、入口付近で大声出している人が。


「おいおいおいおい〈きつねむら〉とか言ってるけど、エキノコックスで危ねぇんじゃね~のかよ! それにココ獣臭いぜ!」

 スナコさん曰く、丁寧に健康診断受けた健康優良狐しかいない。

そもそも僕は匂い気にならないけどなぁ。

――あ、嫌がってるのに一匹無理矢理抱き上げた。

嫌がる狐が空中で暴れて投げ出される。

マズイ!


「ちょっとお客さ……」

「俺を見ろ」

 僕が身体を投げ出して狐を受け止めた直後、壁際で何故かゴリラの様なポーズ(〈きつねむら〉には何故かこれが必須らしい)をとっていたお兄さんがスッと前へ出る。

そしていつも装着しているサングラスを静かに外す。

それを見た瞬間、暴れていたお客が沈黙し空気が変わった。


「あ……すまねぇ……。いやごめんなさい。僕……いい子にします」

 何故か、はにかんだ様な照れた顔をして暴れていたお客は急に静かになった。

むしろ何故か顔を赤らめている。

――お兄さん、一体何をした!?

 その後は特に問題が起きる事も無く〈きつねむら〉は無事に終わりを迎えた。



   **********



 後片付けを任せて、僕はお兄さんと一緒に狐達をトラックへ。

あの時無事にキャッチした銀色の毛並みの狐が、僕にやけに擦り寄ってくる。

中々シャープな雰囲気でカッコ可愛い狐だ。

無事にトラックに狐達を連れて行き、きちんと扉を閉めるとお兄さんが運転席へ。


「あの……、お兄さんあの時何をしたんですか?」

「これだけだ」

 僕の疑問にお兄さんはサングラスを外す。

そこに現れたのは凄まじく不釣合いな【つぶらな瞳】。

余りのキュートさに僕のハートはときめいてしまう。

そんな僕を置き去りにして、お兄さんは再びサングラスを装着すると、片手を振って発車していった……。


「いや~、何か疲れたけどいいイベントになったね」

 サークルでの簡単な打ち上げも終わり、スナコさんと二人夜道を帰る。

スナコさんは返事をしない。

むしろ何だかイライラした気配だ。


「他のメスの匂いをそんなにすりつけて。浮気者が」

 ――んーと……。

あの銀狐、メスだったのか……。

しかもスナコさん……女の子と僕が喋っても何も言わないのに、狐だと怒るのか。

それって嫉妬?


 スナコさんが嫉妬してくれるなら……たまには他の狐に懐かれるのも悪くないかな。

僕は顔がちょっとにやけてしまった。

 そして僕はスナコさんの手をそっと握ったのだった。



第五話「油揚げ戦線異状なし」


――チュイン!

 何かが車の窓を掠めていった。

瞬間的にスナコさんが僕を引っ張ってくれなかったら危なかった。

――ん……危なかった……?

 スナコさんが慎重に車外に顔を出そうとした直後、またチュインと金属音。

素早く窓から離れたスナコさんだけど、頭の上にある耳の端を掠めたらしく、血が滲んでいる。


「スナコさん! 耳が!」

「いいから伏せて」


 ギャング共が、という呟きと共にお兄さんが運転しながら銃をスナコさんへと投げる。

空中でキャッチしたスナコさんは、そのまま窓から身を乗り出し後方へ撃ちまくる。

一発ごとに後部座席には熱い空薬莢がジュッと音を立てて転がっていく。


――どうしてこうなった……。



   **********



 まだ大陽の気配もない早朝。

僕の部屋の前に停まっていた黒い外国車。

僕はベッドで眠っていたはずなのに、気付けば車上の人になっていた。

何故かお泊りセットも用意されている。

僕はまだパジャマだというのに、無情にも車は出発してしまった。


「豆腐屋はデザートも美味しい」


 出発してから、外の景色よりもプリントアウトした紙を見詰めるスナコさん。

明らかに顔がにやけている。

その紙によると、車で半日がかりの場所にある豆腐屋さん。

そこの工場横の食堂でのみ【半熟の油揚げ】が食べられる、という事で僕は拉致されたらしい。

――休みだったからいいけど、先に言って欲しかった……。


「まるでフランスパンか何かの様にしっかりとした厚み。

燦然さんぜんたる輝きのふっくらとした狐色。

――それに心躍らない狐はいないわ」


 身振り手振りを交えて、その美味しいだろう油揚げの事を力説するスナコさん。

しかし、持っていたプリントが開いていた窓から飛んでいきそうになる。

僕は慌てて手を伸ばしてそれをキャッチしようとして、その紙に穴が開くのを見た。

 座席の下からどんどん武器を出しては応戦するスナコさん。

お兄さんも隙あらば片手でパイナップルみたいな物を投げている。

こちらの武器も多いのだけど、相手もしつこい。

身体を乗り出した所を銃が弾き飛ばされ、スナコさんがバランスを崩す。


――危ない!


「だんちゃーーーく、いまぁぁあ!」


 どこからともなく聞こえた掛け声と共に、巨大な火柱が上がる。

風圧で車内に押し戻される僕達。

バイクが走り去る音が聞こえ、攻撃の音は止んでいた。



   **********



 サービスエリアに停車する。

そこへバイクが二台近寄って来る。

一人がヘルメットを外し、その長い銀髪を手櫛で直す。

整った顔にナイスバデーと合わさって、まるでここだけCMの世界だ。

スッと横目で僕を見て、そして……突っ込んできた。


「会いたかったわ! ダ~リン!」


 僕を車内から地面に引きずり倒し、熱烈なハグ。

それに伸びて来た助けの手。


「大丈夫かい? ギンコ、駄目じゃないか。困っているよ、彼」


 二枚目のお兄さんがいた。

まるで背中に花を背負ってるかの様に見える。

ちょっと薔薇のかほりまで漂ってくる様な来ないような……。


「あぁ、僕かい? 僕はキタ。〈きつねむら〉以来だね、【ヤジ】さん」


 語尾にハートが見える。

というか〈きつねむら〉に来ていた狐さんだったのか。

じゃあギンコさんはあの懐いていた狐か。

変身前(?)しか見てないから、見覚えが無い訳だ。

ところで僕は【ヤジさん】ではないし、真夜中に二人だけで会った記憶も無い。


「二人とも。礼を言う」


 お兄さんがそう言いつつ早速打合せを始めた。

漏れ聞こえて来るところによると、この先の改装工事中のサービスエリアで、さっき襲って来ていた油揚げギャングの一味が待ち構えている。

時間も無いから倒してしまおう、という事らしい。

 

 ふと、僕は車内に戻ろうとして悪寒を感じた。

――そう、車内(巣穴?)で待ち構えるスナギツネの目だ。

乾いている、とても乾いている。

いつも以上に乾いている。

そして声も無く口が【う・わ・き・も・の】と言っていた。


 

「おみゃーらのせいで、俺達の縄張りが荒れてるんダギャー!」


 待ち構えていたギャング逹の早速の台詞。

スナコさんが、意識した事は無いぞとボソリと呟く。

――流石縄張り意識低い。

ともかく甲高い声で相手のボスらしき狐が喋っているのを要約すると、お兄さんの運んでる油揚げが上質な物な所為で自分達のが売れない、どうしてくれるのかという泣き言でした。

 こちらが一切反応しないもんだから、さらに感情的になりスーツケースから油揚げを出してくる。

――うっわ何あれ色悪い。

あれは食べたくないわ……。

 百均以下だなと、こちらの面々の評価もずたぼろだ。

確かに色といい形といい、離れていても臭いまでヤバイ。

お金貰っても食べたくはない。

そしてスナコさんがとどめの一撃を放つ。


「カビの生えたパン?」


 スナコさんの一言で怒り狂ったギャング達が銃を抜き、戦いの火蓋が切って落とされた。

と思ったら、こちらの狐の皆さんが唐突に現れた重火器を撃ち放つ。

戦いは終わった。


「ルールその1。時間厳守だ」



   **********



「動いたらお腹空いたわね~」


 豆腐屋さん併設のレストランに案内され、店員さんを待つ。

しかし本当にギャング達の出落ち感が半端無い。


「お待たせしましたー。ご注文をどうぞー」


 やって来た店員さんに、お兄さんが厳かに半熟油揚げ定食を5人前注文する。

キラキラと輝いた僕らの瞳に、返ってくる言葉。


「あ、すいません~。【半熟油揚げ定食】午前中までなんですよ~」


 出落ち感満載だった油揚げギャング逹の攻撃は、時間差で威力を発揮した。

しかも効果は絶大だ。

一瞬でお兄さんスナコさんは勿論の事、スナギツネで無いはずのギンコさんもキタさんも、皆スナギツネ顔になった。


――勿論……僕もだった。


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