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【連載小説】転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

【連載小説】転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH



『デビュー前の“作家の卵”の方々の作品を先取りして、日々の読書を楽しもう』

をコンセプトに、様々なジャンルの小説の冒頭5話を掲載しています!

面白い作品や気に入った作家を見つけて、作家デビューまで応援しよう!

本ページの最後に作家様のリンクを設けてあるので、足を運んでみてください。


連載小説の第5弾は...

『転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH』 小坂みかん


転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATHの主人公イラスト

 2016年現在までで最も衝撃を受けたストーリー設定の本作!

 この衝撃ゆえファンになってしまった人も多いのでは??

 実際に多くのレビューファンアートが寄せられており、4コママンガ「こんびに☆」を手掛けるマンガ家のマリモネコ先生が本作のために直々にイラスト(右画像一部切り抜きにて掲載のため、全体図はコチラからご覧下さい)を描かれています。

 また、今回の連載ではまだ登場しませんが、可愛らしい妖狐や清純派ダークエルフ、吸血鬼や機械人形など個性派ぞろいのキャラクターも登場し、振り回されつつも時にはホロリ涙するコメディー作品となっています!



時間がない人でも読みやすい1話完結型のダンジョン運営系コメディーをこの機会に読んでみては??



≪目次≫

第1話 〈死神〉→死神?

第2話 ようこそ、死神ちゃん。第三死神寮へ!

第3話 業務説明だよ、死神ちゃん!

第4話 ダンジョンデビューだよ、死神ちゃん!

第5話 大人気だよ、死神ちゃん!

◇お願い◇





第1話 〈死神〉→死神?


「なんだ……こりゃあ……」



 初めて見る光景だった。掌が、自分の血でべったりと汚れているというのは。

 信じられないという驚きと、とうとう焼きが回ったのかという落胆が男の脳裏を埋め尽くした。そしてそれらの思いは霞む視界と共にぼんやりと白んで消えていった。






「なんだ、夢だったのか」



 慌てて飛び起きた男は、自分の胸を見るなりそう言ってホッとため息を吐いた。――〈死神〉の異名を持つ名うての殺し屋が、あんなにあっさりと死ぬはずがないのだ。

 夢の中では風穴から血を吐き出していた胸元も、シャツのシワすらひとつもなく綺麗そのものだ。男が安堵の息を漏らしながら胸を撫でていると、クスクスと笑う女の声が聞こえてきた。


 顔を上げた男の目の前に、いつの間にやら女が立っていた。高慢な笑みを浮かべるその女は、豊満な褐色の身体を金の豪奢な装飾で飾り立てていた。しかし、その女の存在を際だたせるものはエロティックな肢体でもなく、きらびやかなアクセサリーでもなく、髪だった。髪の色が何とも不思議なのだ。銀でもなく、白髪交じりというわけでもない。艶のある、綺麗な灰色。


 不思議な魅力を纏うこの女に男が見惚れていると、女が小首を傾げて言った。



「お主の〈焼きが回った〉という自己評価は、正しいのかも知れぬのう」


「何だと……?」


「普通、このような場所に居ること自体が〈夢だ〉と思うだろうに。いくら〈生きている〉〈先ほどのあれは夢だった〉という思い込みが強いとはいえ……」



 失笑する女に対して、男は奮然たる怒りがこみ上げた。しかし、それもすぐに消し飛んだ。



「なんだ、ここは……」



 どこまでも続く白。そして、存在するものは自分と女だけ。――この異様な空間に、男は一抹の不安を覚えた。そしてすぐさま、男は悟った。



「俺はやはり死んだのか……。しかし、三途の河原とやらはもっと陰湿で暗い場所だと思っていたんだが」


「お主が望むのならば、今すぐにでも三途の河原に連れて行ってやってもよいぞ?」


「なんだ、ここは死後の世界とやらじゃないのか」



 男が不思議そうに眉根を寄せると、女が誇らしげに胸を張った。



「お主の〈死神〉としての腕は確かに素晴らしいものであった。このまま冥府へと送るのは口惜しい。だから、わらわはお主を引き抜きに来たのじゃ」


「引き抜き?」


「そうじゃ。どうせこのまま冥府に行けば、悠久の時を業火に焼かれて過ごすことになる。それよりは妾のために働いたほうが良いとは思わぬか? 何なら、無事に勤め上げた暁には、冥府行きを免れるよう口添えをしてやろう。妾も神族の端くれじゃ、そのくらい造作も無い」


「で? そんな偉い神さんが、俺なんかに何を頼もうってんだ」



 男は腕を組むと、神妙な面持ちで女を見つめた。女はいかにも〈困っている〉と言いたげな表情を作ると、肩をすくめてため息を吐いた。



「妾の助力あって繁栄したということを忘れた阿呆とその一族に、妾は呪いをかけたのじゃ。その阿呆ときたら、許しを乞うどころか妾に楯突いた。だから妾は難攻不落のダンジョンを生成し、その最奥に彼奴きゃつらにかけた呪いを込めた宝珠を置いたのじゃ。そんなに呪いを解いてほしくば、宝珠を手に入れ割るが良いと言ってな。――あれからもう三十年。ダンジョン攻略の冒険者達も中層まで到達するようになった。しかし、三十年なんて、お主らにとっては相当な時間であろうが、妾にとっては〈ほんの少し前〉程度。まだまだ許してなどやりたくないのじゃ。だからお主には死神となり、冒険者達の活動を妨害して欲しい」


「つまり、この落ちぶれた〈死神〉に死神をやれと。そういうことだな?」


「そうじゃ。――さあ、選ぶが良い。妾に尽くすのか。それとも、呵責の炎にその身を投じるのか」



 男はゆっくりと立ち上がると、女の瞳を覗き込んだ。そして、ふっと笑いながら視線を足元へと落とした。再び顔を上げた男の顔には、感謝と決意が滲んでいた。



「あんたのおかげで、俺の中の〈俺の最期〉は血みどろじゃあなくなった。あんな恥曝しな姿じゃなく、綺麗な身体で今ここにいさせてくれた恩に、俺は報いたい。――いいぜ、あんたに忠義を誓ってやるよ」



 女は満足気に頷くと、男の頬に両手を添えた。



「では、その〈名〉に相応しい死神となるが良い。お主の活躍を期待しておるぞ」



 そう言うと、今まで瞳のなかった女の目に赤い瞳がスウッと浮かんだ。男は、吸い込まれるようにその綺麗なルビー色を見入った。そしていつしか、男は女に唇を奪われていた。

 男は驚いたが、きちんと応えるべく女の腰に腕を回そうとした。しかし、腕を回す前に女が離れた。そして、先ほどまで見下ろしていたはずの女の顔が、何故か必死に見上げないと見えない高さにあることに気付いて、男は不思議に思った。

 女は握りこぶしで口元を隠すと、必死で笑いをかみ殺した。



「その〈名〉に相応しいって、〈死神異名〉のほうじゃなくて、本名のほう……」



 ふるふると震えていた女が、耐え切れずに弾けるように笑い転げた。男が呆気にとられていると、女が人差し指を立てた右腕をクルクルと回した。すると、男の目の前に鏡が現れた。そこに映っていたものは――

「なんだこりゃああああああ!!」



 自慢の長身は小さく縮み、厚い胸板はつるぺったんに。

 シュッと引き締まった頬は愛らしいぷにぷにほっぺに。

 凛々しい黒い瞳はくりっくりの大きな赤目に。

 整髪油できっちりと整えられた黒の短髪はふわふわピンクのツインに。

 かっちりスーツはふんわりスカートに。


 そして、地獄の番犬のような野太い声は、天使のロリ声に……。



「ちょっと待て! 何だこれは!! 姿変える必要ないだろ! 変えるにしても、何で幼女なんだ!」



 男――もとい、幼女が絶叫するも、女はお腹を抱えて屈み込み、ぷるぷると震えたまま顔を上げずにいた。



「では、よろしく頼むぞ、かおるちゃん」



 絞りだすようにそう言うと、女はちらりと幼女を一瞥して、そして笑いで肩を震わせながら完全にしゃがみ込んだ。



「やめろ! 本名で呼ぶな!」



 怒りでほっぺを真っ赤にした幼女に構うこと無く、女はそのままスウッと姿を消した。



「待て! 行くな! これはおかしいだろ! 待て! 待ってくれ……!」



 幼女の懇願も虚しく、白い空間は光に満たされ、それと共に幼女の意識も遠のいていった。





 ――――こうして、死神ちゃんの憂鬱な毎日が幕を開けたのDEATH。



第2話 ようこそ、死神ちゃん。第三死神寮へ!


「はーい、新入り一名様、ご到着~!」



 そんな男の言葉で、死神ちゃんは意識を取り戻した。どうやら、あの灰色の女神に向かって必死に手を伸ばした姿勢のまま意識を失っていたらしく、視界の中に現れた声の主がニコニコと笑いながらハイタッチをしてきた。Tシャツにズボン(前世の世界でのそれとは様相が異なり、少々野暮ったい感じ。〈村人A〉と言いたくなるような格好)というラフな格好をしたその男は、七三分けの髪に中性的な顔立ちで、狐のように細い目が印象的だった。

 死神ちゃんが呆気にとられていると、自身の頬に両手をあてがった男が身悶えた。



「ハイタッチの催促じゃなかったの? やだ、アタシったら勘違いしちゃったわ~!」


「え……あの……ここ、死神の職場じゃあないんですか……」



 難攻不落のダンジョンで死神稼業というから、石造りの暗く陰湿なダンジョンでローブを纏った死神が闊歩する様を死神ちゃんは想像していた。しかし、ここはどうだ。石造りには変わりないが、ダンジョンというよりはどこぞのお宅の一室だ。そして、ここそこにランタンがぶら下がり、とても明るい。更に目の前には〈死神〉のイメージには程遠い〈村人A〉的な男。――この光景に、死神ちゃんは戸惑わずにはいられなかった。

 ああ、と村人Aは声を上げると、死神ちゃんと視線が合うように屈み込んだ。



「ここはね、アタシ達死神の寮よ。ダンジョンとは別の空間にあるの。アタシはこの第三死神寮の寮長を務めるマッコイよ。よろしくね。それにしても……」



 マッコイは死神ちゃんのほっぺたを二、三度つんつんした後、そのまま人差し指の甲でさわさわとほっぺたを撫で回した。



「残念だわあ……。何で魔道士様は、アンタをこんな幼女の姿に変えてしまったのかしら。前のガチムチでコワモテのほうが、アタシ、タイプだったのに」



 恍惚とした表情でほっぺたを撫でくり回すマッコイに、死神ちゃんの背筋は凍りついた。初めて、幼女でよかったかもと思った瞬間だった。



「魔道士様って、あの灰色の女神さんのことか?」


「そうよ~。その〈名〉に相応しい死神に――ってのが、異名じゃなくて本名のほうで採用されちゃうなんて。かおるちゃんってば、可哀想に」


「見てたのかよ! ていうか、ちゃん付け・本名で呼ぶな!」



 同情するように肩を落としたマッコイに、死神ちゃんはぷりぷりと怒った。マッコイは死神ちゃんを気にもとめず、また自身の両頬に両手をあてがいクネクネと身悶えしだした。



「あ~ん、魔道士様が羨ましい! アタシもガチムチ・コワモテの薫ちゃんとキッスしたかった~! 何で幼女なのよ! 何で幼女なのよ~!」



 本当に幼女でよかったと、死神ちゃんは心の底から思った。



「ま、それはさておき。色々と案内するから、ついてらっしゃい」



 マッコイはこほんとひとつ咳をすると、扉に向かって歩き出した。死神ちゃん達がいた部屋は正確には寮のエントランスで、扉を開けるとそこには広場が広がっていた。

 広場は円形で、大きな門を起点に三時、六時、九時に当たる場所に大きな建物が立っていた。これらが死神達の住まう寮で、門と寮、寮と寮の間には様々な店が並んでいた。



「アタシ達死神はねえ、滅多なことじゃ死なないし、仮に怪我したとしてもすぐに治っちゃうし、身体についた汚れだってたちまち綺麗になっちゃうし。おなかもへらなければ、おトイレにも行きたくならないの。だけどね、生前っていうか前世? そこでの習慣で〈食べ物を食べたい〉〈お風呂に入りたい〉って言う子達が多いから、食事とお風呂は福利厚生の範囲内で用意されているわ。お風呂と、あと〈自分で料理したい〉って子もいるからミニキッチンが寮内には完備されているわ。あとで案内するわね。――で、食べ物屋さんは、ここ。材料で貰って自分で料理してもいいし、もちろん出来合いのものも貰えるわよ」



 マッコイは立ち止まると、テイクアウトの窓口でジュースを二つ注文した。すると無愛想なゴブリンが返事をすることもなくコップを二つマッコイに手渡した。

 マッコイは広場のベンチに腰掛けるよう死神ちゃんに促すと、自分もその隣に腰掛けてから死神ちゃんにジュースを手渡した。そして、思い出したかのような顔をして死神ちゃんの方を向いて言った。



「あっ、ところで、薫ちゃんってさ、お酒やタバコはやってた?」


「いや。判断を鈍らせるようなものはやらない主義でね。だから、これからもやるつもりはない」



 死神ちゃんがそう答えると、マッコイは安堵の笑みを浮かべて胸を撫で下ろした。



「よかったわ~! 薫ちゃんがイケるクチだったら〈飲酒・喫煙は二十歳を過ぎてから。良い子のみんなは真似しないようにね!〉ってテロップ入れなきゃいけないところだったわ!」


「テロップってなんだ、テロップって」



 死神ちゃんが眉間にしわを寄せると、マッコイはそれを無視して話を続けた。



「食べ物はお店の中で食べてもいいし、テイクアウトして広場や自室で食べてもいいわ。ただ、ここの天気や季節はダンジョンの外と同じにしてあるから、そこだけは気をつけてね」



 死神ちゃんが頷くと、マッコイは時折ジュースを口に運びながら店を指差しては「あそこが◯◯屋でね」と説明してくれた。

 飲食物以外のもの――例えば、服とか雑貨などは自分のお金で買わなければならないそうだ。末締め二十五日払いで給料がきちんと支払われるそうで、ここの死神達はそのお金で死神ライフを充実させているらしい。ダンジョンとここ・・との間にはもう一つ空間が存在するそうで、広場にある大きな門をくぐるとその空間に繋がっているらしい。そこはまるで会社のような感じとなっているそうで、広場や寮内では色とりどりの私服姿で寛ぐ死神達が黒の死神ローブを纏って門をくぐっていく姿は、さながらサラリーマンのご出勤のようだという。



「そうそう、アタシ達寮長にはね、寮内はもちろんのこと、この広場内で迷惑行為を行った悪い子にお仕置き出来る権限があるのよね。だから、アタシを悩ませるようなことはしないでね。――ガチムチの薫ちゃんの姿に戻ってアタシを誘惑してくるっていうことなら、いくらでも喜んで悩んじゃうけど~!」



 恥ずかしそうに身悶えるマッコイに、思わず死神ちゃんの表情は固まった。死神ちゃんは気を取り直すと、マッコイに質問した。



「念の為に聞いておくが、その〈迷惑行為〉とやらは常識と照らし合わせて考えれば大丈夫だよな」


「まあ、そうね。ちなみに、ついこの前、ロシアンルーレットが趣味って子が広場で脳漿ぶちまけたわね。いくら死なないからって、ああいうのはやめて欲しいわね。見ていて、良い気はしないでしょう?」


「激しい〈迷惑行為〉だなあ、おい!」



 ジュースを飲み終えてコップを店に返すと、寮に戻って風呂場とミニキッチンの場所を教えてもらった。そして最後に、この先ずっと住まうこととなる自室へと案内された。

 部屋の前で立ち止まると、マッコイはニコニコと笑って言った。



「本来はね、ベッドと最低限の衣類・リネン類くらいしかお部屋には置いてなくて、必要だと感じるものはお給料が入ってから自分で調達するのよ。だけど、薫ちゃんってば、よっぽど気に入られてるのね。魔道士様が色々と用意してくださったらしいわよ。――では、ご開帳~!」


「…………なあ、これ、気に入られてるんじゃなくて、いじめられてるって言わねえか」



 ドアの先に広がる部屋を目にして、死神ちゃんはそのような感想を真顔で述べた。

 明るいピンクと白の小さなたんすに、少し赤に近いピンク色のもっふもふ絨毯。そこに置いてあるローテーブルもたんすと同じピンクだ。ベッドもピンクで統一されており、レースの施されたクッション二つもピンク。毛足の長いテディーベアも鎮座していて、やはりピンクのリボンがついている。――完全に幼女専用の部屋だった。

 死神ちゃんがげっそりとする横で、心は乙女なマッコイが目をキラキラと輝かせていた。マッコイは興奮気味に部屋を見渡し、タンスを撫で、テーブルを撫でては「可愛い」と声を漏らした。そしてクッションを取り上げるとレースをまじまじと見つめた。



「ねえねえ、見てこれ! このレース、可愛いお花柄! ――あらやだ、よく見たらこっちもお花だわ。可愛いわねえ……! たんすもさ、ピンク色のところにはお花の絵が描いてあるし。本当に可愛いわあ。羨ましい!」


「……お花お花連呼するんじゃねえ」



 うっとりとした様子でクッションを抱きしめていたマッコイは、苦虫を噛み潰したような表情の死神ちゃんにぎょっとした。



「やだ、何もそんな顔する必要ないじゃない。もしかしてお花、嫌いなの? 何か嫌な思い出があるとか」



 マッコイがそう聞くと、死神ちゃんは一層嫌そうな顔をしてぽつりと言った。



「……なんだよ」


「えっ? 何?」



 あまりの声の小ささに聞き取れずマッコイがもう一度尋ねると、死神ちゃんはぷるぷると肩を震わせた。



「苗字……なんだよ……」


「えっ? ちなみに、字はどう書くの?」


「小さな花って書いて、小花おはな……」



 依然、死神ちゃんはぷるぷると震えていた。そしてマッコイも震えだした。しかし、マッコイの震えは死神ちゃんの〈屈辱に耐える震え〉とは違った。――必死に笑いを堪える震えだ。

 マッコイは必死に笑い転げたいのを我慢しながら、ゆっくりと口を開いた。



「ガチムチでコワモテが? 〈死神〉の異名を持つ名うての殺し屋が……?」


小花薫おはなかおるですが、何か!」



 死神ちゃんが涙目で叫ぶと、マッコイもとうとう堪えきれずに大笑いしだした。ひとしきり笑うと、息を整えながら再びマッコイが質問した。



「でも、その本名、仕事に支障出なかったの?」


「クライアントに本名明かす殺し屋がいるかよ。偽名使ってたに決まってるだろ」


「どんな偽名だったの?」


「東郷十三じゅうぞう


「やだそれ、どこのゴ◯ゴ~!!」



 再び、マッコイが笑い出した。ツボにでも入ったのか、絨毯の上に座り込んで身を折り、床をバシバシと叩いている。抱え込んでいたクッションに顔を埋めて、肩どころか身体全体を震わせて、笑い過ぎで時折むせ返っている。

 そんなマッコイの姿を、死神ちゃんは恨めしそうに見つめた。





 ――――こうして、死神ちゃんの楽しい(?)寮生活は幕を開けたのDEATH。



第3話 業務説明だよ、死神ちゃん!


「ぎゃあああああああ!!」



 翌朝、第三死神寮中に死神ちゃんの絶叫がこだました。

 お腹が空かない・滅多に死ぬことはない・お風呂もトイレも要らないというチートスペックな死神でも、寝ないと疲労がとれないという欠点があった。そんなわけで、自室に案内された後すぐに、翌日に備えて死神ちゃんは床についた。そして朝になって目が覚めてみたら、目の前にあるのは黒のローブを纏ったガイコツのどアップ。絶叫せずにはいられなかった。



「あらやだ、かおるちゃんったら。死神が死神に驚いてどうするのよ」



 目の前のガイコツが顎をカタカタと揺らした。その声は紛れも無くマッコイのものだった。



「えっ? はっ!? マッコイ!?」


「おはよう、薫ちゃん❤」


「おは……えっ? 何で? えっ!?」



 死神ちゃんが驚き戸惑っていると、ガイコツは嗚呼と呻いてローブをもぞもぞと脱いだ。すると、ガイコツだったそれはマッコイへと姿を変えた。



お仕事着ローブを着るとね、きちんと死神の姿になるのよ」


「あー、なるほど……。俺のローブは? 今日、初出社した時に支給されるのか?」


「この世界の住人として生まれ変わった際に着ていた服があるでしょ? あれがそうだけど」


「えっ、あれが!?」



 言いながら、死神ちゃんは昨夜とりあえず脱ぎ散らかした服と頭巾を見て顔をしかめた。だって、あれはどう見ても〈童話 赤ずきんちゃん〉の主人公の服を黒染めしただけというような代物だし、あれを身に着けている状態だって明らかに幼女であってガイコツではないのだ。死神ちゃんは「あれは絶対、違うだろ」と心の中で呟いた。そしてマッコイを見上げて、胸中と同じことを言おうとした。しかし――



「さ、早く起きて支度して。もしご飯食べたくても、もう食べてる時間ないわよ。結構前から声かけてたんだけど、幼女にされた影響かしらね。薫ちゃんったら、揺さぶったりしても動じずにぐっすりで。初日から遅刻するんじゃないかって、アタシ、ヒヤヒヤしちゃった」



 そう言いながら死神ちゃんをベッドから追い立てると、マッコイは「エントランスで待ってるから」と言い出て行ってしまった。死神ちゃんは抗議することも出来ずにもやもやした気持ちを抱えながら、もそもそと黒ずきんちゃんスタイルに着替えるしかなかった。




   **********




 広場の門をくぐった先は、商社のエントランスロビーという感じだった。受付のようなところにはケバケバしい化粧を施したゴブリンが二人、おすましして座っていた。



「おはよう。今日も化粧、決まってるわね。ところで、新入りちゃん用の腕輪、もう届いてるかしら?」



 マッコイがゴブリンに声をかけると、ゴブリンは化粧を褒められて嬉しかったのか、ニヤリと笑いながらマッコイに腕輪を手渡した。マッコイは受け取ると、死神ちゃんの左腕に腕輪をつけてあげ、そして死神ちゃんを抱き上げた。

 ゴブリンはバーコードセンサーのようなものをどこからか取り出すと、それを死神ちゃんの腕輪に近付けた。



「はい、これが出勤時のタイムカード打刻ね。退勤時も同じようにピッとしてもらってね」


「意外とハイテクだな」



 降ろしてもらいながらそんな会話をしていると、受付の更に奥のほうから何やら騒がしい声が聞こえてきた。木箱を抱えたオークがハタモトに「それはまだ仕分けが済んでおらぬゆえ、宝箱課へ運ぶのは待つようにと申したであろう」と叱られ、ペコペコと頭を下げていた。



「何ていうか、アミューズメント企業か何かみたいだな……」



 ポツリとそう呟きながらオークとハタモトを死神ちゃんが見つめていると、出勤打刻を済ませたマッコイが遠くの方から「ほら、薫ちゃん、ちゃんと付いてきて」と声をかけてきた。死神ちゃんは慌ててマッコイの後を追いかけた。


 研修室と書かれた部屋に入ると、椅子に座るよう促された。研修もマッコイが担当してくれるらしく、教壇に立ったマッコイがいかにも〈これから授業を始めます〉的な咳払いをした。



「えー、まず、このダンジョンは二十四時間年中無休よ。なので、早朝、早番と中番、遅番があります。ちなみに、薫ちゃんの場合は、早番だけね」


「えっ、何でだよ」


「児童の労働は二十時までと法律で定められております!」


「いやいや! 幼女それは見た目だけだし! ていうか、その法律、この世界にもあるのかよ!」


「各種団体からクレームがあっても面倒なので、世界が云々関係なく順守しとくのよ! ていうか、幼女化されちゃったせいで、心も身体も幼児らしくなってるはずよ」



 死神ちゃんは言葉を詰まらせた。たしかに、昨日も早々に眠くなり、朝まで泥のように眠ってしまった。感情も、以前と比べて喜怒哀楽が激しく沸き起こる。そしてそれが慣れなくて、また疲れるのだ。



「そんなわけだから、疲れやすいでしょうし、勤務中も自己判断で適度に休憩していいからね。――次に。その腕輪は出退勤時に必要ってだけじゃなくて、その日に使用する魂刈たまかりの管理ナンバーと紐付けたり、ダンジョン内の地図を見たり、担当の冒険者ターゲットがどこにいるのか確認したり、何かと使うから絶対に忘れないように」


「本当に、一般企業のようだな……。ていうか、魂刈って?」



 それはね、と言いながらニコリと笑ったマッコイが部屋の後ろへと歩いて行った。マッコイは部屋の隅の備品置き場にやってくると、雑多に置いてある数々の物の中から二本の鎌を発掘した。鎌は金のものと銀のものとがあり、どちらもいわゆる〈デスサイス〉の形をしていて、柄の部分には〈研修用〉と彫り込まれていた。



「はい、これが魂刈ね。ご覧のように、金の魂刈と銀の魂刈、二種類あるわ。その日の勤務内容によって使い分けます」



 二本の鎌を持ち、教壇へと戻りながらマッコイはそう言った。そして、黒板に銀のほうだけを立てかけた。マッコイは金のほうを持ったまま、死神ちゃんの方を向いて笑った。



「まずは金魂から説明するわね。金魂勤務の日は、生きている冒険者にとり憑くのが仕事よ。〈死神と出会ってしまった〉という精神的衝撃を与えたら、あとはただとり憑くだけ。金魂は一応、物理攻撃も可能よ。それから金魂はね――」


「なあ、流石にその略し方はどうかと思うんだが」



 死神ちゃんが思わずツッコミを入れると、マッコイは真顔で返した。



「あらやだ。敢えてルビ振らないでおいたのに、わざわざそこを言及してくるだなんて。薫ちゃんのほうがよっぽど破廉恥!」


「ルビってなんだ、ルビって!」



 死神ちゃんの更なるツッコミを無視して、マッコイは説明を再開した。嬉しそうにニコニコと笑いながら、金魂金魂と連呼するマッコイを見て、死神ちゃんは「こいつ、絶対わざとだ……」と内心げっそりした。





 ――――そんなわけで、説明とちょっとした実技の練習をした後、午後からは早速ダンジョンデビューなのDEATH。



第4話 ダンジョンデビューだよ、死神ちゃん!


 ソファーの隅っこによじ登ると、死神ちゃんはちょこんと腰を掛けて足をぶらぶらと揺らした。両手を膝につき俯く死神ちゃんのくりくりお目目は、涙でうるうるだった。

 前世では、不覚にも殺されてしまった一回を除けば、訓練中だって任務中だってミスをしたことはなかった。それなのに、先ほどまで行っていた実技の訓練ではどうしても〈呪いの黒い糸〉を腕輪から出すことが出来なかった。腕輪が故障しているわけでもなさそうだし、他の操作は出来ているのに、どうして――とマッコイが不思議がっており、死神ちゃんの不手際というわけでもなさそうではあったが、それでも死神ちゃんにとってはショックだった。


 ふと、自分がいかにも幼児らしくいじけていることに、死神ちゃんは気付いた。すごく情けないという気持ちがこみ上げてきて、より一層お目目がうるうるになる。それがまた悲しくて、気持ちの落ち込みループはエンドレスだ。

 マッコイからは……

「とりあえず、早速ダンジョンに出てみましょ。冒険者が疲弊していてお仕事がしやすい環境にある〈五階〉辺りにでも、行ってみましょうか。最初は上手く行かなくて当然だし、運も絡むお仕事だから、今はまだ何があってもあまり気にしなくていいわよ。――でも、ま、目標は立てときましょうか。まずは〈冒険者一人を灰化に追い込む〉くらいでどう?」



 ……と言われている。

 冒険者にとり憑くには、〈呪いの黒い糸〉で冒険者と結ばれなければならない。散々訓練して〈黒い糸〉を出せた試しがないのに、どうやってとり憑けばいいというのか。


 死神ちゃんは大きなため息を吐いた。すると、壁に付いている死神出動要請ランプが音を発しながら点滅した。その横の電光掲示板のようなものには、死神ちゃんの社員(?)番号と名前、そして〈五階へ〉という指示が表示されている。

 死神ちゃんはぐじぐじと右腕で豪快に涙を拭うと、キリッとした顔でソファーからぴょんこと降りた。

 ――泣いてなんかいられない。しっかりノルマを達成して、名誉挽回してやる! ……という決意を胸に。




   **********




「だからあれほど言ったのに! この階からは呪われた装備もドロップするんだから、〈着てみて、見た目判断で何となく鑑定する〉のはやめろってさ!」


 

「だって、うちのパーティーにはビショップがいないんだから仕方がないじゃないか。こうでもしないと、持ち物整理もままならないだろ」


「でもそのせいで、せっかくまだ探索できそうだったのを引き返さにゃあならなくなったんだぜ」



 地図を頼りに担当の冒険者達ターゲットの近くまでたどり着いた死神ちゃんのかなり前方で、六人の男女がそのように言い合いをしていた。メンバーのうち一人が呪いの装備品を身に纏ってしまったらしく、そのせいで体力が徐々に減り続けているからか、足取りは遅い。――これなら容易に近づけるぞと思った死神ちゃんだったが、一向に追いつけなかった。歩幅が違いすぎるのだ!

 歩きから小走り、そして全力疾走へ。――それでも追いつけない!

 死神ちゃんは一度立ち止まると、走るのに邪魔になっていた魂刈を腕輪を操作してブローチ状にし、洋服につけた。そして一生懸命腕を振って走った。――そして、コケた。


 ベシャッという音と「ふええ」という泣き声に驚いた冒険者達は、武器に手をかけながら後ろを振り返った。「トゥンク……」という音がパーティー内のどこからかして、誰かが魅了魔法をかけられたようだと察知する。



「みんな、気をつけて! 魔法を使うモンスターのようだわ……って、おおおい!!」



 僧侶(女)が叫んだ。血塗られた呪いの鎧を身につけヘロヘロのはずの戦士(男)が一目散に泣き声の方へと走っていったからだ。パーティーメンバーが戦士に駆け寄ると、戦士は幼女を目の前にしてデレッデレとしていた。一同は何となく、戦士のことを軽蔑した。



「なあ、こいつ、本当に魔法にかかってるのかな……。そうは見えないんだけどよ……」



 盗賊(男)が頬を引きつらせると、忍者(女)が口ごもった。



「戦士君って〈子供好き〉だけどさ、もしかして、アブナイ意味での〈子供好き〉だったりする……?」


「あの様子だと、それ、ビンゴかも……」



 忍者の言葉に魔法使い(女)が同意すると、君主(男)が頭を抱えて俯いた。



「ね、君、どうしてこんな危ないところにいるのかな? お兄さん達、ちょうど地上に戻るところだから、一緒に戻ろうか。……ああ、可愛らしいお膝、擦りむいてなくてよかったね。でも、痛かっただろう? さあさあ、僕がおんぶしてあげるよ。大丈夫大丈夫、心配しないで。…………ねえ、なんでそんなに怯えてるの? ほら、大丈夫だから、ね?」



 血走った目をギラギラとさせ、手をワキワキと握ったり開いたりしながら近づいてくる戦士に、死神ちゃんは思わず後ずさった。



「ねえ、その子、怯えてるじゃない。そもそも、もしかしたら魔物かもしれないんだし、安易に触ろうとしないの。それから、おんぶして地上まで連れて行くにしても、呪われて息も絶え絶えなあんたじゃなくて、君主か盗賊にやらせるから」


「嫌だ! この子は! 僕が! おんぶするんだ!!」



 僧侶の言葉を、戦士は全力で拒否した。メンバー一同は先ほどよりもしっかりと、戦士のことを軽蔑した。



「さ、ほぉら、怖くなーい、怖くなーい……」


「嫌だ、来るな、気持ち悪い!」



 〈とり憑く〉のが仕事なので、本来、金勤務時に冒険者に攻撃をするのはご法度だ。しかし、正当防衛はアリだ。だが、魂刈を元に戻そうと腕輪をいじろうにも、戦士のあまりの気色悪さに動揺して、死神ちゃんの指は上手く動いてはくれなかった。

 そうこうする内に、頭やほっぺをはじめ、体中を撫で回された。そして、死神ちゃんは衝撃を受け、固まった。――セクハラされたからではない。何故かは分からないが、腕輪から〈黒い糸〉がにょろにょろと出だしたのだ!

 そして、戦士がホクホク顔で死神ちゃんをおんぶすると、〈黒い糸〉が戦士にしっかりと絡まって〈とり憑き〉が成立した。


 すると、戦士が身に着けている腕輪(死神ちゃんが着けているような便利な腕輪を、冒険者達も冒険者ギルドから支給されているのだ)から、可愛らしい妖精が飛び出した。ほのかに発光しながら一同の頭上にふよふよと浮かんだ妖精は、可愛らしい声で告げた。



* 戦士の 信頼度が 10 下がったよ! *



「えええ、何で!? ねえ、みんな、何で!?」


「何でって……ねえ……?」



 愕然とする戦士を、一同はゴミクズを見るような目で見つめた。特に、女性陣の戦士への視線は氷点下並の冷たさだった。――そんなこんなで、死神ちゃんを連れての地上への旅が始まったわけだが。戦士を除いた全員(死神ちゃん含む)はお通夜な雰囲気だった。みんながみんな、時折ちらりと戦士を見ては深いため息を吐いた。そして死神ちゃんに哀れみの言葉をかけた。死神ちゃんもまた、げっそりとした顔で頷き返した。〈とり憑き〉が成功したことよりも、変態におんぶされてる屈辱感のほうが強かったからだ。


 戦士はというと、呪いのせいなのか、はたまた幼女の体温を噛みしめてなのか知らないが、ハアハアと息を荒くしていた。呪われているはずなのに、一歩歩くごとに頬はつややかに色づき、その表情も幸せそうだった。

 しかし、やはり呪いの力は絶大で。少しずつ、戦士の足取りは重くなり、足元もガクガクとおぼつかなくなった。そして――



「あっ……」



 戦士は果てた。いろんな意味で。艶のある声を、その場に残して。

 一同は、満面の幸せ顔のままサラサラと灰化していく戦士を、ぼんやりと見つめた。そして、気まずそうに着地した死神ちゃんを見て、僧侶がポツリと呟くように言った。



「あなた、死神だったの……」



 死神ちゃんは、何となく申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつもコクンと頷いた。



「こいつさ、このまま、置いていっちゃおうか……。あなたも、気をつけて帰りなさいね。――死神にこんなこと言うのも、変かもしれないけど」



 一同(死神ちゃん含む)は、こんもりと円錐形に積もった戦士の成れの果てを見つめ、盛大にため息を吐いた。





 ――――こうして、死神ちゃんのダンジョンデビューは、無事にノルマ達成で終了したのDEATH。



第5話 大人気だよ、死神ちゃん!


 ダンジョンデビューの日の翌日、「ちょっと他部署に顔出さなくちゃいけないから、先に研修室に行って待ってて」とマッコイに言われた死神ちゃんは、研修室に向かってのんびりぽてぽてと歩いていた。誰かとすれ違う度に、興味津々とばかりに見つめられ、目が合えば愛想を振りまかれる。一体何なんだろうと思いながら研修室につき、椅子によじ登っていると、ちょうどマッコイがやってきた。



「ちょっと、かおるちゃん! 大変よ!」


「あん?」



 興奮気味に捲し立てるマッコイにこっくりと首を傾げると、マッコイは身体をくねくねとさせながら言った。



「一夜にして薫ちゃんの噂が冒険者の間に広まったみたいでね、ダンジョン内が冒険者で溢れかえってて大盛況なんですって! しかもね、死神会いたさに〈無駄にダンジョン内に長居するお馬鹿〉が多いみたいで! もう、灰化させ放題の、魂切り刻み放題! こんなに忙しいの、久々すぎて、これ、もしかしたら、臨時ボーナス出ちゃったりして~!?」


「何でまた、そんなことに」


「あの変態戦士、あのあと本当に置いて行かれたじゃない? でも、運良く別のパーティーに拾ってもらえて、無事に生き返ったみたいで。生き返った後に〈素晴らしい体験をした!〉と言って回ったみたいよ。――それにしても、仲間の灰を置いていっちゃうだなんて、いくら何でもひどいわよねえ。あのパーティーのほうがアタシ達なんかよりもよっぽど死神だわ!」


 死神にとり憑かれた状態で死亡すると、単なる死亡を通り越して肉体が灰化する。灰化した状態で蘇生に失敗すれば、存在が完全に消滅してしまう。また、銀の魂刈たまかりによって死神に魂を切り刻まれると、蘇生成功率が下がるだけでなく、一定量細切れにされるとやはり消滅してしまう。――冒険者達も、それは知っていることだ。だから、いくら酷く軽蔑したからといって、置いていってしまうのは本当にひどい話だ。どの世界でも、一番怖いものは〈人そのもの〉というわけか。

 それにしても。変態の発言によって冒険者が増えたということは、その増えた冒険者もおしなべて変態ということではないのだろうか。死神ちゃんがげっそりとしていると、マッコイがニコニコと笑って言った。



「それにしても、薫ちゃん、さすがね。〈死神〉の異名を持つ殺し屋の経歴は伊達ではないわね!」


「いや、経歴も知識もまだ全然活かせてないんだが」


「何言ってるの! その見た目と名前、そしてあの〈ふええ〉という泣き声が既に――」


「だから、そこに触れるのはやめてくれねえかなあ!?」



 マッコイの言葉を遮るように死神ちゃんがぷっくりほっぺを真っ赤にすると、マッコイは〈仕切り直し〉とでも言いたげにコホンと咳払いした。



「とりあえず、昨日は無事に目標を達成出来たわけだし、今日は難易度をちょっと上げて〈四階〉に行きましょうか。〈五階〉と比べると、冒険者の体力・魔力にまだまだ余裕があるから、もしかしたら攻撃してくるヤツがいるかもしれないわ」



 ふと、マッコイから笑顔が消えた。冒険者の職業によっては、死神に攻撃できる特殊な武器や技を持っている者もいる。すぐに傷が癒え、汚れすら消えてしまうとはいえ、復元よりも破壊のスピードのほうが早ければ死神とて死んでしまう。そして、死神にとっての〈死〉はすなわち〈消滅〉であり、そうなってしまうと二度と生き返ることができなくなってしまう。

 マッコイは肩の力を抜くと、死神ちゃんに笑いかけた。少し心配そうな、弱々しい笑顔だ。



「幸い、アタシ達を消滅させられるようなヤツは今のところいないし、余裕があるとはいえ〈五階〉の冒険者と大差ないくらいには疲れてるから。まあ、でも、気をつけてね。危ないと思ったら反撃してもいいからね」



 死神ちゃんはキリッとした顔で勢い良く頷くと、研修室から飛び出していった。




   **********




 死神ちゃんの前方を、六人の男女が歩いていた。それぞれの職業は黒騎士(男)、司教(男)、隠密(女)、戦士(男)、魔法使い(男)、義賊(女)といったところか。〈死神に出会ったという精神的衝撃〉をどのように与えてからとり憑こうかと死神ちゃんが考えていると、何かを察知した司教が辺りをキョロキョロと見回し始めた。そして、死神ちゃんを見つけると、杖を構えて何やら呪文を唱え始めた。



「いって……!」



 死神ちゃんは、司教の魔法を食らって尻もちをついた。痺れるような痛さに、思わず目がうるうるになった。



「死神がいたぞ、気をつけ――」



 司教が「て」と言うのと同時に、彼の首が死神ちゃんの横を通過していった。ピシャっという音とともに死神ちゃんのほっぺが血で汚れ、死神ちゃんは思わず呆然としてしまった。司教の身体がズシンと音を立てて床に倒れると、パーティーメンバーが揃って叫んだ。



「ええええええええ!?」


「あっ、やだ、私ったら。ついカッとなっちゃって」



 平然と言ってのける隠密に、パーティーメンバーは結構引いた。隠密は仲間の絶叫を気にすることもなく、死神ちゃんに近づいた。そして、とても悲しそうに、死神ちゃんのひざこぞうを撫でた。



「ああ、せっかくの可愛らしいお膝が……! お膝の仇はとったから安心して! でもホント、こんな素敵なお膝を傷つけるなんて、あいつってば最低ね! 死んで当然だわ! ――大変。薬草の手持ちがないんだったわ。どうしましょう。……そうだわ! 私がなめなめしてあげる! ね! 消毒よ、消毒!! ――えっ? いらない? そう? 残念……。あっ、でも、痛いの痛いの飛んで行けしてあげるわね!」



 うっとりとした表情で死神ちゃんのひざこぞうに頬ずりを始めた隠密が、「これが男の子のお膝だったら、もっと良かったのに……」とぽつりと漏らした。すると、隠密の腕輪から例の妖精さんがポンと飛び出した。



* 隠密の 信頼度が 8 下がったよ! *



「はあああああ!? あんた達、もしかして、この可愛らしいお膝の良さが分からないっていうの!?」


「いやあ、単なる膝フェチならまだしも、ロリショタはないわ……」


「ちびっ子のお膝こそ至高! ですよね、姐さん!」



 うっかり隠密を否定してしまった義賊の首が暗闇へと消えた。それを目で追いながらガタガタと震え賛同する戦士の後ろで、他の男どももカタカタと震えていた。みんな必死に同意の頷きを繰り返していたが、隠密の腕輪から再び妖精さんが陽気に飛び出した。



* 隠密の 信頼度が 12 下がったよ! *



 すると、フッと隠密の姿が消えた。闇に紛れて見えなくなった彼女に怯えながら、男どもは口々に言った。



「やべえよ、おい。完全に怒らせちまったよ! 魔法使い、隠密に麻痺魔法当てられる?」


「いやいや、姿が見えないんじゃあどうにも……。ていうか、最上級職なんて、俺が相手できるわけ無いだろ! ここは黒騎士の出番だろ!」


「えっ、俺!? 女性に手を挙げるのは、ちょっと」


「はあ!? 何、聖騎士ぶってんだ、〈黒〉のくせによ! 属性・悪まっしぐらで、暗闇ゾーンとひけをとらない真っクロクロの腹黒さのくせに!」


「ていうか、あいつ、いつもそんなに首切りできないくせに、何で今日に限ってそんなにポンポンと……。――うわああああ、やばい! 今、姿がちらっと見えた!」


「お膝を……ひざこぞうを馬鹿にするのは……どこのどいつだぁぁぁ…………」


「ぎゃあああああ!!」



 死神ちゃんそっちのけで、生死を賭けた仲間割れが始まった。激しいつばり合いの音と、断末魔が交互に響き渡った。

 そしてとうとう黒騎士と隠密だけとなり、激闘に激闘の末、二人は同時にどうっと倒れた。


 瀕死の隠密が、息も絶え絶えに死神ちゃんの元へと這いずり寄った。そして、既に傷も治りつるつるすべすべに戻っていた死神ちゃんのお膝にちょんと触れた。隠密はほんわりとした幸せそうな笑みを浮かべると、その場でザアアアッと灰化した。





 ――――こうして、死神ちゃんを除いて誰ひとり、動く者はいなくなったのDEATH。



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