【連載小説】泉の聖女
【連載小説】泉の聖女
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連載小説の第9弾は...
『泉の聖女』 小花衣 麻吏 著
『泉の聖女』で、一日一読の読書生活を始めてみては??
≪第一章 貴女はその瞳で何を見る≫
Ⅰ はじまり
どうして―――――
私は病院帰り、気晴らしに街を見渡す事の出来る高台に来ていた。
もう二十九歳。時が過ぎるのは早い……。
この強迫性障害、鬱病を患ってから十一年、社会不安障害、全般性不安障害を患ってからは一年。
しかも八年程前から病気の症状がかなり悪化し、まともに生活が出来なくなってからは、精神障害年金を貰いながら両親のもとで生活を送っている。
多分死ぬまで完治しない……私はそう思っている。
認知療法、行動療法、薬物療法、全てを行ったが、今の段階で限界だ。
薬に関しては、これ以上増やしたら理性を失ってしまう……。
後は耐えるしかないんだ……。
私は昔から信じていた。
好意的に接していれば、どんな人とでも仲良く、親しくなれると。
そう、純粋に…………。
妬みかな? 私には特にそれが多かった。
特別何かしているわけじゃない。
あえて言うなら、愛嬌が良過ぎたのかもしれない。
社長やお客様、男の子などに好かれると、直ぐに周りから妬まれる。
どうしてあの子なの?
どうして私じゃないの!?
そんな怒りや嫉妬が渦巻き、嫌がらせが始まる。
会社勤めをしていた頃は、社長に相談をした時もあった。
そして言われた言葉は、「あの子達は癌だから、そのうち辞めてもらう。だから我慢してくれ」っと……。
しばらくは耐えた。耐えられた。
けど、日に日に嫌がらせの言葉や行動は増え、その子達によってお客様と関わる事を極端に減らされた……。
そして私の心は……折れた。
社長は私に、「もう少し我慢してくれないか?」っと伝えてきたが、流石に限界だった。
しかし何故なのだろう。
小学校、中学校、高等学校、専門学校、短大。全てにおいて駄目だったのは……。
必ずなにかしらの虐めがおきる。
教師に話しをしても、聞いてもくれない。
逆に何もしてないのに、私を笑い者にする教師や罵声を浴びせる教師さえいた。
何故……?
私は幼き頃からそれらを全て我慢し、耐えてきた。
だからなの……?
十九歳で強迫性障害となり、鬱病、全般性不安障害と、年齢を重ねる毎に、病気がどんどん増えていく。
しかも発作は苦しい物ばかりで、薬を飲んでいても、発作が起きることは良くあった。
そんな目にあった人なんて、いくらでもいるだろうに。
何故私がこんな病に……何故私は弱い……。
自然と瞳に涙が浮かび、頬を伝う。
「なんで……!」
私は嗚咽を混じらせながらそう呟いた。
――――― みつけた ―――――
「……え?」
誰もいないと思っていたはずのこの場所に、声が響いた。
恐る恐る後ろを振り返ると、いきなり強い風が吹き出し、私は髪を抑え瞼を閉じた。
そしてしばらくすると風は止み、私はゆっくりと瞼を上げた。
すると、緑深かったこの場所が、無限に広がる白い空間となり、淡い光があちらこちらにふわふわと浮いている神秘的な光景へと変貌していた。
唖然としながらその光景を見渡していると、白地に金の刺繍が施された服を身に纏い、宙に浮いている少年が目に入った。
その少年は私と目が合うと、微笑みながら金の短い髪やマントをふわりとさせ、地に足を付けた。
『こんにちは』
その少年は微笑みながら、私に挨拶の言葉をかけてきた。
「……こんにちは」
一体ここは何処なのか……。怪訝に思いながらそう少年へと言葉を返した。
『良かった。なかなか君を見つけられなくて、どうしようかと焦っていたんだ。本当に良かった、やっと見つける事が出来て……』
少年は安堵の微笑みを漏らし、私を見つめる。
「あの……意味が……」
私は意味が分からず、首を傾げた。
『ごめん、まず僕の自己紹介をするね。初めまして、まり。僕は、魂を選別するお仕事をしているハクモウ。君達から見たら神様かな?』
満面の笑みでそう自己紹介をしてくれるハクモウ。神様らしい。
しかし、何故私の名前を知っているの? しかも魂の選別って何?
私の頭は混乱した。
『あー……魂の選別とか言っても、分かりづらいよね。魂はね、生きとし生けるもの全てに与えられるものなのは知っていると思うけど、その肉体に適した魂を送り込まなくては、本来の魂の力が発揮されないんだ。で、その魂の管理と選別をしているのが僕なんだよ』
ハクモウは微笑みながら、丁寧にそう説明をしてくれた。
輪廻とかあるけど、そういうのと一緒なのかな?
『因みに名前は、まりの現段階の状況や状態を把握する際に覚えたんだ。ごめんね、なんか覗くような事しちゃって……』
ハクモウは申し訳無さそうに謝る。
しかもよく見ると、とても綺麗な顔立ち。
瞳の色なんて金色だし、すごく綺麗……。
「いえ、大丈夫です……。けど、なんでそんな凄い方が私のところへ?」
『実は、僕が魂の選別ミスをしてしまってね……。世界は、まりがいる世界だけでなく、いくつもの世界があるだ。それらの世界の魂の選別も僕が行っているんだが、ミスが起きてね……。魂の選別の最中、あろうことかアーリスという世界にとって重要な存在となる聖なる泉の聖女の魂を、今のまりの肉体に入れてしまったんだ……』
へ……?
『そのせいで聖女は泉の穢れを浄化する事が出来ず、泉が淀みきってしまった。聖なる泉には魔力があってね、淀み穢れると、草花や木々達の生命力の低下、そして魔物が凶暴化するんだ。しかも数も増えるから厄介でね。そのせいで、今のアーリスという世界は酷い状態なんだ……。つまり、まりのその魂は聖女の器の魂。だから、まりの魂をあるべき肉体に戻そうと探していたんだ』
ハクモウは深刻な表情をしながら、私にそう説明をする。
何となく理解したけど、それって本当なの?
私の魂をあるべき肉体へとか、私がそのアーリスという世界に行くって事になるんじゃない……?
それにこの人、神様とか言ってるけど、ペテン師とかじゃ無いよね……?
『ペテン師じゃないよ! 酷いなぁ……』
私は、嘆くようにそう言葉にしたハクモウに目を見開いた。
言葉に出していなかったのに……。
『そりゃ分かるさ、神だから』
え……そうなると、常に頭の中が覗かれ続けているようなものじゃないか!?
私は無性に恥ずかしくなり、胸元の服を握り締めた。
「……けど、今の私はこんなだし、その世界に行ってもなんの役にも立たないよ」
『そんな事はない。まりにはちゃんと力がある! それに、まりの今の病気は泉が淀んだせいでもあるんだ。まりの魂と泉はリンクしていて、精神に影響を受けやすいだよ……』
病気が泉のせい……? 本当にそうなの?
私は眉を顰め、疑わしい瞳をハクモウに向けた。
『それに、きっと向こうの世界の方が生きやすいと思うよ? 病気も、向こうの世界に着いた時点で消し去る予定だし』
ハクモウは満面の笑みでそう言葉にした。
「消し去るって……この病気が治るの……? 死ぬまでこの病気と付き合って行くしかないって思ってたこの病気が、治るの……?」
『うん!』
ハクモウは優しく微笑み、頷く。
私は、その言葉に思わず息を飲んだ。
それが本当なら……!
『今までキツイかっただろう? 僕のミスのせいで、酷い目に沢山合ってきたみたいだし……』
私は、ハクモウのその優しい言葉に、自然と涙が溢れてきた。頑張っても報われない人生だった。両親も私の頑張りを認めてはくれなく、優しくされた事なんて、労われた事だってなかった。
本当に些細な言葉だというのに、私は嬉しくて仕方がなかった。ただ愛されたかっただけなのに、褒めて欲しかっただけなのに、それさえも、これまで叶わなかった……。
『そんなに泣かないで? これからは、まりにとって幸せな人生が待ってるから。そうだ! 忘れないうちに加護を授けなきゃね』
「加護……?」
私は涙を静かに流しながら、微かに言葉を発した。
するとハクモウはゆっくりと私に近づき、瞼を閉じて言葉を紡いだ。
『魂の選定者、ハクモウより汝へ加護を付与する』
そう言葉にすると同時に、ハクモウは踵を上げて背伸びをし、私の額へと軽く唇を落とした。
その瞬間、身体があたたかい光に包み込まれ、光が体内へと吸収されていく。
しかし、そんな不思議現象の前に、突然キスされた事の方に驚き、頬が熱くなるのを感じた。
「ちょっと!」
『ふふ、可愛いな』
挙動不審になる私に、ハクモウはくすくすと笑う。
「か、からかわないでよ!」
私は、頬の熱さを感じながら叫んだ。
しかしハクモウは、私を見つめながら優しく微笑んでいる。
私は恥ずかしくて、思わず顔を手で覆った。
『さてと……。今、向こうの世界にある聖女の魂は、既に他の肉体へと移しておいた。彼女もそれを望んだからね……。取り敢えず彼女の使ってた肉体をこちらに呼んで、十六歳まで若くするよ。今の肉体年齢は二十九歳なんだ、後々不都合がでる可能性があるから調整しないと』
私は、指の隙間から瞳を覗かせ、背を向けるハクモウに声をかけた。
「む……まだ行くって言ってないよ?」
『え……!?』
するとハクモウは、勢い良く振り返り、不安げな表情をした。
「……冗談。この病気が治るなら、行きたい……」
『不安にさせないでおくれよ……』
するとハクモウは、瞳に安堵の色を滲ませた。
なんだか、可愛い人だな。って、神様か。
「ところで、なんで十六歳なの?」
『それはね、十六歳は向こうの世界で丁度成人となる年齢だからだよ』
十六歳で成人って、随分早いな。
けど、何で成人の歳にしなきゃならないの?
そう疑問に思っていても、ハクモウは何も応えてくれなかった。
『因みに加護は、向こうに行って、ステータス覧で確認してみてくれ。きっと役に立つから』
「う、うん……」
するとハクモウは私に背を向け、どこか遠くを見つめだした。
肉体をこちらに呼び出しているのだろうか?
私は、そんなハクモウを首を傾げながら見つめていた。
『よし、今から肉体の調整するから待ってて!』
「へ!? あ、うん」
するとハクモウは、まるで糸を紡ぐかの様に、宙で手や腕を優雅に動かす。しかしいくら目を凝らしても、肉体は見当たらない……どうなってるの?
『調整終了。じゃあ、向こうの世界に送るね。気を付けて!』
「え!? ちょ、ちょっと! もう行くの……!?」
私はそう言葉を発すると同時に、微笑むハクモウに手を伸ばした。しかし、眩い光に包み込まれ、次第と意識が遠退いていった……。
Ⅱ 誕生
あたたかい……。
まるで、太陽に優しく包まれているかのよう。
なんだかとても幸せ……。
このまま、ずっとこのまま……。
――― リン ―――
澄んだ鈴の
身体中が光に包み込まれている。
私は意識が朦朧とする中、よく分からず辺りを見渡した。
光で何も見えない。
そう認識した瞬間、突然光が四方に放たれ、私は瞼を強く閉じた。
そしてゆっくりと瞼を上げると、浮いていたらしい身体がゆっくりと降下しだしていた。
決して綺麗だとはいえない花畑の中へ、Aラインのワンピースをふわりとさせながら、地に足をつけた。
その途端、力無く座り込んでしまった。
「んん……」
また意識がはっきりしないせいか、力がうまく入らない。
朦朧とする中、ゆっくりと辺りを見渡す。すると、金の短い髪をした男性が、こちらを見つめている事に気が付いた。
彼は私が気付くと同時に私の側へと歩み寄り、優雅に腰を落とし、片膝を地面に付け、口を開いた。
「お待ちしておりました。マリ・ラミレス様」
ラミレス?
マリって事は、私の事なのかな?
って、聞かないで分かる訳が無いか……。
「マリ・ラミレスって、私の事?」
首を傾げながらそう尋ねると、彼は私の瞳を見つめた。
この人、瞳が翠色だ……綺麗……。
「そうです、泉の聖女様。ご帰還された事、心より祝福致します。
彼は冷たい声で、無愛想にそう応えてくれた。
しかし冷たい声でそう言葉にされると、ちょっと怖いんだけど……。
しかも、無理して敬語を遣ってる感じがするし……。
「えっと、あ、ありがとう……」
「いえ…………」
戸惑いながらも、そうお礼の言葉を口にすると、瞳を逸らされながら返事を返させた。
怖いよこの人……ハクモウは優しかったのに。
って、神様だから"様"つけないといけないか……。
私は、眉間に皴を寄せながら深く溜息を漏らした。
「どうかなさいましたか?」
「……いいえ」
「そうですか」
この世界で初めて会った人間。
出来れば仲良くしていきたいのだけど、完全に私を拒絶していて、隙が無い。
最近の私も、他者を拒絶していた。
けど、流石に上辺は愛嬌良くしてたぞ……?
って、人それぞれだよね。あまり愚痴愚痴言っちゃ駄目だ……。
そんな事を悶々と考えていると、自然と自分の髪に目がいった。
これは……銀髪の、色素の薄い紫……かな?
さらさらと腰まで流れる髪をひとすくいしながら観察した。
前髪は眉下あたりまで……。
まぁ、外見の詳細は鏡でも見ないと分からないか。
しかし、綺麗な髪……。
「マリ様。安置されていた肉体が聖堂から急に消え、皆不安がっております。早目に聖堂へと向かいたいのですが、よろしいでしょうか」
いきなり冷たい声で話しかけられ、思わず身体がビクリと跳ねた。
こ、怖がっちゃ駄目だ、うん、彼には、心の傷があるんだ。
私は、そう自身に言い聞かせた。
「だ、大丈夫だよ」
「では、あちらに馬車を用意してありますので、ご一緒に」
すると彼は、無愛想に私へと手を差し伸べた。
「あ、ありがとう……」
「いえ」
私は、差し出されたルイスさんの手に手を添え、馬車まで歩いた。
とてもあたたかい手をしてる……。
それに紳士的で格好良い……なのにこの態度……。
嫌なら対応してくれなくても良いんだけどな。
って、また愚痴愚痴言ってるし……。
……って、あれ……?
私は目を見開き、立ち止まった。
「……? 立ち止まられて、どうかなされましたか?」
ルイスさんは怪訝そうに、そう私に尋ねてきた。
ルイスさん怖い……! って、それどころじゃない!
今私、素足で地面を歩いていた。
しかもさっきは地面に座っていて、立ち上がった時には白いワンピースについた葉を自然に手で払っていた。
動悸や恐怖心も湧いてこない上に、手を石鹸で洗いたい、という衝動にもかられない。
私の強迫性障害は、重度の潔癖症。
素足で外に出るなんて絶対に出来なかった。
今確認出来たのは強迫性障害の部分。
だいぶ厄介で、生活がまともに出来なかったのに……。
そうなると、本当に病気が治った……!?
本当に、本当に病気が……!
「具合でも悪いのですか……?」
すると何故か、ルイスさんは心配そうに私の顔を覗きこんできた。
あれ? この人、雰囲気が一変している……。
何があったの……?
「な、なんでもないよ。聖堂へ行くんだったよね?」
興奮する気持ちを抑えながら、再び馬車へと歩き出した。
馬車の前へと到着した私達は、中へと乗り込み、ふわふわした長椅子へと座った。
私の向かい側にルイスさんが座る形だ。
しかし、さっきからルイスさんに変化が起きている。
まるで陽の光で氷が溶けたような、そんな感じ。
無愛想な表情もなくなり、声も冷たくなく、あたたかみがある。
「ルイスさん」
「なんでしょう?」
「敬語、無理して使ってたりしない?」
私が心配げにそう言葉にすると、ルイスさんは目を見開いた。
「おかしかった……ですか……?」
ルイスさんは、戸惑いながらもそう尋ねてきた。
何でかは知らないけど、さっきまでとまったく反応が違う……。
何故……?
「いや、おかしいくはないよ。ただ、無理してる様に感じて……」
私は、心配げにルイスさんの瞳を見つめた。
「実は苦手なんです、こういう言葉遣いは……」
ルイスさんは深く溜息を漏らし、疲れた表情をしていた。
「大丈夫だよ? 普通に話ても」
「しかし……」
「ルイスさんの疲れた表情は見たくないかな?」
私はそう言葉にし、そっと微笑んだ。
するとルイスさんは、何故か目を見開いた。
「……マリ様って不思議なお方ですね……。では遠慮無く、普通に話させてもらおうかな」
ルイスさんは微笑みながらそう言葉遣いを変えた。
「良かった……! ルイスさんが笑顔を見せてくれた!」
満面の笑みを浮かべながらそう言葉にすると、何故かルイスさんは、ほんのりと頬を紅く染めていた。
Ⅲ 馬車での道中
馬車に揺られながら聖堂へと向かう。
あまり乗り心地は良いとは言えない。
椅子がふかふかしているので、まだ良いのだが……。
しかし、馬車の中は暇だ……。
なので私は、疑問に思っている事などをルイスさんに尋ねてみることにした。
何故私は、あの様な花畑に降ろされのか。
元々は、とても美しい花畑だったらしい。ルイスさん本人は見た事が無いらしいが、彼の話によると、あの花畑は神に一番近い場所との事。
けど何故花畑のまま? そういう場なら、人間が聖堂を建てたりしてしまうものではないのかと考え、尋ねてみたところ、神の領域に人間がおこがましく手を加えるものではない、との事だった。
それこそ神からの天罰が下る、とか?
大昔に一度、聖堂を建てようとした事があったらしい。しかし、道具などを持ち込み、その場に手を加えようとすると、それらに使用する道具が全て消え去り、建築どころではないのだそうだ。
なんというか、天罰が下るというよりも、阻まれているよね。
まぁルイスさん曰く、私を帰還させるには適した場所だったらしい。
次は、前の聖女様の事を教えてもらった。
聖女様は、何事にも動じず、いつも自信に溢れた方だったらしい。しかし、泉の淀みのせいか、一年程前から心が病みだし、床に伏せっていたとか。
そして何も出来ない自分に苛立ち、哀しみ、何度も自殺を試みたらしいのだが、何かに阻まれ死ぬ事も出来ず、苦しんでいたと。
そんな時、ハクモウ様が彼女を天界へと喚びだし、謝罪をしたそうだ。
けど謝罪して済む問題なのか? なんて思っていると、彼女は彼女で、新しい肉体を手に入れる事が出来た上に、重荷から解放された事で問題なく事が進んだらしい。
そういえば、何故ルイスさんはハクモウ様の声が聞こえるのだろう? っと疑問に思っていると、神託スキルというものを持っているので聞こえる、という事だった。
誰でも得られるスキルではないらしく、神に選ばれた者のみが得られる特殊なものらしい。
神様一人につき、神託スキルを持つ人間が一人。
母胎にいる時、まだ胎児の状態で授けられるものとか。
それを聞くと、"肉体にふさわしい魂を"という事に納得。
しかし"神様一人につき"っという事は何人かいるという事になる。
なので私は、ルイスさんに神様は一体何人いるのか尋ねてみた。
すると、この世界に関与している神様は、魂の管理をしているハクモウ様に、世界全体の管理をしているクリナム様。そして神聖なる領域の管理をしているエクメア様の三神だけらしい。
という事は、神託スキルを持ってる人間も必然的に三人だけとなる。
と言うか、神聖なる領域の管理をしてるエクメア様は泉の淀みを浄化出来ないのか、と質問したところ、それらの事象には関与しないらしい。
神は世界の管理はしても手は出さないっという事か?
しかしハクモウ様は、この世界だけでなく、すべての世界の魂を管理しているわけだし、大変だろうな……。
そして最後に、このアーリスという世界について簡単に説明してもらった。
アーリスには大陸が五つあり、今私がいる大陸が一番大きいとの事。
大陸にもそれぞれの名があり、今私がいる大陸の名がメディウムという名だそうだ。
他の大陸の名は、サナベール大陸にキレート大陸、ビスワン大陸にネミティーヌ大陸だと。
名前だけ言われてもさっぱりなんですが……。
取り敢えず、これぐらい知っておけば今のところは問題無いと言われた。
逆に教えたとして覚えられるか? っと問われれば、無理だ。
今教えてもらった神様の名と大陸の名も怪しいぐらい。
私って、人の名前を覚えるのにも苦労するんだよね……。
そうこうしているうちに、窓から聖堂が見えてきた。
体感的には三十分程度だろうか?
馬車の速度はそんなに速くないし、結構近かったみたいだ。
「そろそろ着くな。着いたら休ませてあげたいところだが、まず聖堂関係者と顔合わせをした後、会合になる」
「会合? なんか疲れそう……」
「今日こちらに来たばかりで、精神的に辛いだろうが、こればっかりは初日にやっておかないとな」
ルイスさんは微笑みながら、私の身体を気遣ってくれる。
格好良い上に優しいとか、反則じゃないか……!?
「なんで初日じゃないと駄目なの?」
「聖女の肉体が消えて聖堂内が混乱しているからだ。本当に聖女が現れるのか不安がっている者もいたしな。安心させる為だよ。なにせ、聖女の肉体は一週間は消えていたからな」
「私の体感的には数分ってところだったんだけどな……」
そんな話をしながら外の景色を眺める。
なんだろう、綺麗ではない。
本来なら緑深い木々が並び、色とりどりの花が咲いているんだろうが、この馬車が通る外道から見える木々や花々は、色がくすみ、力強さや生気が弱く感じられた。
「浄化か……私に出来るのかな……」
不安げにそう呟くと、ルイスさんに頭を撫でられた。
「大丈夫だ。マリ様にはちゃんと力がある。安心していいぞ」
微笑みながら、まるで子どもを励ますような行動に、私は頬を膨らませた。
「私子どもじゃないよ? 二十九……って、十六歳だよ!」
「俺より年下じゃないか……。俺は十八だぞ? それに、そのぐらいで頬を膨らますなら、子どもだろ?」
笑いながらご尤もな事を言われ、反論出来ず拗ねていると、更に笑われてしまった。
「そんなに笑わなくても良いじゃない……」
「いやいやごめん。あまりにも可愛くてな」
可愛いという言葉に耐性がないせいか、頬が熱くなるのを感じる。
そんな私を見たルイスさんは、くすくすと笑い、再び頭を撫でた。
そんな綺麗な顔で言われたら誰でもそうなるって!
大体、元の世界で言われた事もないんだぞ……。
私は心を落ち着かせる為、深く深呼吸をした。
Ⅳ 疑問
聖堂に到着すると馬車が停止し、御者の方が扉を開けてくれる。
すると、先にルイスさんが馬車から降り、私へと手を差し伸べてくれた。
「足下に気を付けて」
「ありがとう」
私は微笑みながら差し伸べられた手に手を添え、段差に気を付けながら馬車から降りた。
そして目の前の聖堂へと目を向けると、建物のあまりの大きさに驚き、つい口を開けて呆けてしまった。
ルイスさんの話では、高さ百四十三メートルだとか。
どうやったらこんなに高いものを建てられるのだろう。
白を基調とされたその建物は全体的に丸み帯び、一番上には鐘があって、その下の中央には時計がある。
時計と同じ高さの左右の塔には、尖った屋根をした部屋が一つづつ。
その下には大きな窓が全面に何枚もあり、凄くて言葉が出なかった。
私は、ルイスさんに声をかけられるまで、口を開けながら聖堂を見つめ続けていた。
「マリ様、そろそろ中に入るぞ?」
そんなルイスさんの声で我に返った私は、口を開けている事に気付き、思わず手で口を覆う。
恥ずかしい……!
私は口を覆ったまま、おずおずとルイスさんに目線を向けた。すると案の定、くすくすと笑っている。
ふ……不覚だ!!
私は咳払いをし、促されるまま聖堂の入り口へと歩いた。
勿論、ルイスさんのエスコートのもとでだ。
なにせ素足なものだから気を付けないと足裏を怪我してしまう。何故ハクモウ様は靴をくれなかったのだ……。これで裸で送り込まれでもしてたら、お嫁にいけないではないか……。
そんなアホ事を考えていると、ルイスさんが私へと向き直った。
「まずは身体を清める事から始めよう。少しは心も落ち着くと思うし、疲れもとれる。教皇に軽く挨拶した後にでも許可を貰うな」
「ありがとう。足は泥だらけだし、流石にこの格好で会合なんて無理だよ……」
ルイスさんは微笑みながら頷き、扉を開けた。
そして軽く息を吐き、息を吸い込んだかと思うと声を響かせた。
「ルイス・フローレス、神聖なる領域クロッカスより、聖女マリ ・ラミレス様をお連れし帰還致しました! 教皇クガネ・ウッド様はおられますか!?」
私は、ルイスさんのあまりの声の大きさに、思わず身体がビクリと跳ねた。
私は、驚きで高鳴る心臓を落ち着かせながら、聖堂内に目を向けた。すると、白くて大ぶりの綺麗な花があちらこちらに生けてある。
私はその光景に目を見開いた。外には、こんなに生気のある花なんてなかった……。
そんな光景に首を傾げ、眉を顰めていると、奥から人が歩いて来る姿が目に入った。
「おぉルイス殿、帰還されたか。聖女殿の護衛ご苦労であった。そちらにおられるのが聖女殿かの?」
少し小太りで中年の男性だ。ルイスさんが呼んでいたクガネと言う人だろう。
服装は白を基調としたもので、首まである襟に、金のラインが足元の裾まで長く刺繍されているローブのような物を着ている。
肩からは白い帯のような長いものを掛けていて、こちらも同じ様に金のラインの刺繍があり、帯の両下には、何やら綺麗な花が同じく金で刺繍されていた。
とりあえず挨拶かな……?
「初めまして。ハクモウ
「そうかそうか。聖女殿の肉体が消えた時はどうしたものかと考えていたのだよ。……しかし、前の聖女殿は二十九歳で、肉体もそれ相応の身体をしておったが、何故そのように……?」
不思議そうに首を傾げ、そう私に尋ねてくる。
そう聞かれても、知らないんだよね……。
「ハクモウ
この喋り方はとても疲れる……。
しかし、表情に出さないようにしなくては。
「成る程の。神にもなにか考えがあっての事なのだろう。いや、歓迎するよマリ殿」
後々不都合が出るとか言いながら、実はあの神はロリコンなんではないかと考えていたり……。
「クガネ様、会合の前にマリ様には身体を清めてもらおうかと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「おぉ、構わんよ。その間に皆に声をかけてくるか。では…………そこのリン。マリ殿を清めの場にお連れしたまえ。粗相のないようにな」
後ろに控えていた使用人のような女性が、私を案内してくれるらしい。
その格好は、白い襟が首を覆うようなっている黒の長いワンピース。
胸から腰までのラインは身体に沿うようになっており、腰から裾までは膨み、裾には白のフリルが付いている。
袖の部分も腕に沿うようになっており、手首近くになると膨らみがあって、手首になると生地が変わり、作業がしやすいよう絞まった袖となっている。そして止め口には、金のボタンが使用されていた。
……ん? メイド服に近いな。
「畏まりました。マリ様、
微笑みながら優雅にスカートを持ち上げ一礼される。
「よ、よろしくお願いします……」
「では、参りましょうか」
私はリンさんに促されるまま、ペタペタと足音をさせながら後ろを歩いた。
この足音、聖堂内に響くなぁ……恥ずかしい……。
けど恥ずかしがっていてもどうしようにも無いし……。
私は深く溜息を漏らしながら、そのままリンさんの後ろを歩いた。
廊下には、絵画や女神の様な石像に、あの白い花も間隔を空けて花瓶に生けてあった。
なんだろう、おかしい……。外の草花や木々はこんなに綺麗ではなかった。咲いているかも怪しいものばかり。なのにこの花は凛とし、美しく咲ている。
それだけじゃない……嫌な感じがする。勿論綺麗だけれど、近寄りたくはない。なんだろう……。
そんな事を考えているうちに、清めの場へと着いた。色々とリンさんに話しかけられてはいたのだが、花が気になりほぼ頭に入って来なかった。
勿論返事は返していた。
内容に沿っているかは不明だけど……。
「マリ様、こちらが清めの場になっております」
その場を覗くと、泉のような場所が目に入る。
けれど、湯気が出ているということはお湯?
手前には洗い場もあるし、絶対これお風呂だよね。
「清めのお手伝いをさせていただきますね。さぁ、こちらへ」
そう促されるまま付いて行くと、脱衣所のような場所へと着いた。
「では、お召し物を……」
リンさんはそう言葉にし、微笑みながら私のワンピースへと手を伸ばした。
ちょ、ちょっと待って!
「自分で出来ます!」
驚き、困惑していると、リンさんは真剣な表情で私を見つめてきた。
「高貴なお方のお清めは、必ず私達が始めから最後までお手伝いするよう仰せつかっております。なので、そう仰られましても……」
おい、さらっと変態的な事を言うんじゃない。
絶対嫌だ! 気持ち悪い……人形じゃないか。
「ごめんなさい、自分で出来ますので」
私は厳しい表情をし、少し強めの言葉でリンさんにそう伝えた。それに一人になりたい事も追加すると、渋々諦めてくれた。
「では、代わりのお召し物をこちらに置いておきます。何かありましたら、こちらの鈴を鳴らして下さいませ。出口で待機しておりますので。では失礼致します」
リンさんは一礼し、廊下へと出て行った。
こっちの風習はどうであれ、お風呂を手伝われるとか……。
私は深く溜息が出た。
さて、早々に清めちゃいますか。
天井がないから、露天風呂みたいなお風呂だ。
脱衣所で服を脱ぎ、滑らないよう、洗い場へと歩いて行くと、目の前に大きな鏡が目に入った。
鏡……そうだ! 今の私の身体、どんな感じなんだろう。
私は鏡の前に立ち、まじまじと自分の顔や身体を見た。
やはり前髪は眉が隠れるあたりで綺麗に揃えられ、後ろ髪は腰までの長さだった。そして瞳の色は紫。
しかしこの顔、可愛すぎないか?
二重瞼に睫毛も長い。鼻筋も通っていて、唇もぷっくりとした桃色で綺麗な形。
それになんか人間離れしている。紫かかった銀髪のせいだろうか?
しかも身体には無駄な肉がないし、羨ましい身体……って、自分の身体なんだよね……。
何故か溜息が出た。
私は鏡の前に座り、身体と髪を洗った。
髪、ここまで長いの洗った事無いから、とても洗い難い……。
そのうち慣れるかな? 前は私も、ここまで伸ばしてみたかったのだけど、セミロングまでしか伸びなかったもんな……。
しかし、本当に病気が治ってる。
同じ箇所を何度も洗ったりしなくて済むなんて、凄い……。
そんな事を考えながらシャワーで身体を流し、湯船へと向かった。
「さて、湯船に……っと」
そっと足先を入れ、熱さを確かめながら肩まで浸かる。
うはぁぁあ、気持ちいい……。
やっぱりお風呂って、最高!
けどあの花、一体なんなんだろう……? おかしいんだよね……綺麗に咲いているのもそうだけど、気持ち悪いというか……。
まぁ、今考えても何も分からないか。
私は湯の気持ち良さを思う存分堪能し、名残惜しみながら湯から上がり、身体を拭いた。
そして脱衣所で、髪を丁寧に乾かし梳かすと、棚に置かれている服を手にした。これまた可愛い服だ。
白のワンピースで、肩までは完全に肌が露出しているが、胸元から紐が伸び、首の後ろでリボン結びをする様になっている。
袖は丁度胸の当たりと同じ高さで、丸み帯びた半袖。
勿論、胸から腰のあたりはラインが出る形で、ふわりとしたスカートには大き目の花がいくつも刺繍されていている。
靴はベージュで、ヒールが高めのパンプスだった。
本当に凄い……靴に素手で触れても、手を洗いたいと感じないなんて……!
少し興奮しながら全てを終わらせた私は、鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか」
リンさんはそっとドアを開け、静かにこちらへと歩いてくる。
「無事清められたのですね。やはりよく似合っていらっしゃいます、素敵ですよ」
そう優しく微笑みかけられ、恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じた。
「あの……おかしいところはありませんか?」
私は、リンさんに全体的に確認してもらった。
「大丈夫ですよ。とてもお綺麗です」
またもや微笑みながら恥ずかしい事を……。
頬の熱が取れないではないか……。
「では、教皇様達がお待ちですので、会合の場へと向かいましょう」
そう促され、リンさんの後ろを付いて行く。
すると、なにかに気付いたリンさんは、私の方に向き直り、歩み寄ってきた。
「こちらの花を胸元にお付け下さいませ」
リンさんはそう言葉にし、あの白い花を使用して作られたコサージュを差し出してきた。
え……これ付けるの……? どうしよう、無理だよ。そんなのつけたら絶対具合悪くなるよ……。
「えぇっと、す、すみません。私、花粉のアレルギーを持っていまして、付けられないんです。付けるとくしゃみが止まらなくて……」
私は苦笑いしながら、やんわりと拒否した。
しかし、絶対目が泳いでる自信がある……。
「そうなのですか……? それでしたら仕方がありません……そのまま向かいましょう」
なんか眉間に皴を寄せ怪しんでらっしゃいますが……。
やはり嘘なのがバレた? ……まぁいいか。あんな気持ち悪いものを身に着けなくて済んだんだし。
私が溜息を漏らす中、リンさんは再び歩き出し、私はその後を追いかけた。
会合の場へと向かう最中、リンさんは一言も発する事無く、そして一切私の方を振り向かなかった。
Ⅴ 疑惑
しばらく歩くと、会合する部屋の前へと着いた。
しかし、リンさんの表情は鋭く冷たい。
コサージュの件で不機嫌極まりないのだ。
そんな中私へと向き直り、言葉を発する事無く、ここが会合の場だと示す。
いや、あの……態度酷いな……。
私は表情を引き攣らせながら、リンさんにお礼の言葉をかけ、扉をノックした。
すると中から入るよう声がかけられ、私はドアノブへと手を伸ばし、室内へと入った。
「失礼致します。お待たせしてしまいまして申し訳御座いません」
軽く頭を下げ、謝罪の言葉を口にすると、クガネという男が声をかけてきた。
「いやいや構わんよ。この世界にとって、マリ殿の存在は宝であるからな。……おや? 花のコサージュはお気に召さなかったですかな?」
やはり聞かれたか……。
「いいえ、とても素敵なコサージュで見惚れてしまいました。ただ、私は昔、花の花粉によりアレルギー反応を起こし、くしゃみが止まらなくなってしまった事がありましたので、遠慮させていただきました。お気に触ったのであれば申し訳御座いません」
私は再度頭を下げ、謝罪した。
「ほほぅ、そのような事があったのだな。それでは身に付ける事など出来なくて当然だ。気にする事は無い。さぁこちらの席へ」
クガネに椅子に座るよう促され、椅子に座る。
テーブルは丸美帯びた長方形。
縁には植物が伸び、花が咲いたようなものが彫ってある。
そしてやはり、部屋の隅には大ぶりの白い花が花瓶に生けられ飾られていた。
「では、まずこちらから名を紹介させていただきましょう。マリ殿から見た右手の者は枢機卿のナダレ・ムーア、その隣が司教のヴェルダ・ミラー。次に左手の者が司祭のラム二・ハリス、続いて助祭のナーべ・スコットに待祭のキセル・カーターで御座います」
それぞれ名を呼ばれると席から立ち上がり、会釈をする。
絶対覚えられないぞ……。
それに聖職者の階級なんてのもさっぱりだ。
「ではマリ殿、ご自身を皆に紹介してくれないかの?」
「あ、はい」
私は席を立ち、軽く息を吐き自己紹介をした。
「初めまして。ハクモウ
軽く会釈し、直ぐに椅子へと座った。
皆、私を品定めすように見てくる。
嫌な気分……。
「紹介も終わった事だし、話を進めようかの。 マリ殿は、"泉を浄化する"という使命を持ってこちらに来られたのだと思うのだが、今の泉はとても素晴らしい物を生み出してくれていてな……。それがこの花なのだよ。とても美しいだろう? これは他国と貿易する上での必需品なのだ。それに我等は、泉が淀んでいるとは思えぬのだよ」
真剣な表情で説明をするクガネ。
成る程。素晴らしい物ですか……。
他の人達も同意見のようで、ルイスさん以外は同調し、頷いている。
「では、浄化する必要が無い、という事ですか?」
「淀んでいるとは思わぬからの。それに我々の力でこの様な素晴らしい物を生み出す事が出来た。これはこのメディウムにしかない特産物。今後も泉を厳重に管理し、花が絶える事が無いよう維持しなくてはならぬ」
クガネは瞳を吊り上げ、厳しくそう言葉にする。
うーん、とんでもない物を生み出したの間違いじゃないのかい……?
「あの、その泉に行くことは可能なのでしょうか?」
「関係者以外立入禁止なのだが……。聖女殿だ、一度拝見されたほうが良いでしょうな。では…………明日拝見なさるというのはどうでしょう?」
「是非。時間はどのように?」
「うむ。……では、十六時など如何ですかな?」
時間の見方は前の世界と一緒なのか……助かる。
「ではその時間でお願いします。直接聖堂に来訪すればよろしいでしょうか?」
「うむ、その時間に聖堂に来てくれ。それから案内させていただくとする。では、今回マリ殿にはお疲れもある事でしょう。このぐらいでお開きに致しましょうかな。ルイス殿、マリ殿の事をよろしく頼んだぞ」
「はい」
ルイスさんは席を立ち一礼すると、私に手を差し伸べて来た。
私はその手を取り、席を立つ。
「今日はお時間いただき、有り難う御座いました。失礼致します」
私達二人は一礼し、部屋から出る為扉を開ける。そして向き直り再度一礼した後扉を閉めた。
すると、扉の横で待機していたリンさんと目が合ってしまった。
相変わらず鋭い目付きで私を見てくる。しかし挨拶していかない訳にもいかず、軽く会釈をし、私達は聖堂を後にした。
……まだ聖堂の中。気を緩めては危険な気がして、私達は無言で待機している馬車へと乗り込み、聖堂から少し離れたところで、私からルイスさんに話を持ちかけた。
「ねぇ……あの白い花。どう思う?」
私はルイスさんの考えが聞きたくて、意見を求めた。
「気持ち悪いよな。見た目は綺麗だが、負の感情の塊みたいに思える。他国と貿易をする上での重要な
成る程。あの花があるおかげで、それなりの食事が取れているというわけか。
しかし何故このメディウムだけが?
私は口元に手をやり考え込んだ。
あの禿オヤジ達、絶対なにかある……。
花もそうだし、そこから探るしかないか。
それが今の私がしなくてはならない事だし、流石にこの景色は見れたものではない。花が大好きな私にとって、このような自然環境は見ているだけで哀しくなってしまう……。
「言い忘れていたが、俺の屋敷にマリ様の部屋を用意させてある。勿論風呂もあるから安心して良いぞ? 宿屋でも下手すると風呂なんて無いからな」
「へ? お風呂が無いところがあるの?」
「昔は何処にでもあったらしいんだ。しかしこの景気では、中々そこまでやる宿や民家は少ないんだよ」
相当酷い経済状況……?
それもそうか。作物もろくに育たないんじゃ……。
「というかお部屋まで用意してくれてたんだね、ありがとう……。なんにも考えてなかったや……」
私は苦笑しながらそう話した。
「安心しろ。マリ様のお世話は俺に全て任されてる。それにハクモウ様より言われているんだ。側にいてやってくれと」
そうなのか……。
緊張と驚きで、今後の事何も見えていなかったけど、この世界に私、独りぼっちなんだよな……。
そう認識すると同時に恐怖心が沸き起こり、思わず俯いた。すると、自身の身体が震えている事に気付き、とても情けなくなった。
なんて弱いんだろう……。
「大丈夫だ、なんとかなる。だからそんなに考え込むんじゃない。俺がいるだろ?」
そう私に言葉をかけ、優しく頭を撫でてくれる。
私はその言葉に安心したのか気が緩んだのか、よく分からない。
涙が静かに頬を伝っていた。
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